国立新美術館で行われている展覧会「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」。ニューヨークのメトロポリタン美術館の作品が一堂に会する展覧会でした。
NHKの日曜美術館では、この展覧会の絵を用いて、西洋美術の楽しみ方の講義が行われました。それがなかなか面白い内容だったので、気になったポイントと感想を書いておきます。
今回の先生
今回の先生は、東京大学の三浦篤教授と、『ジョジョの奇妙な冒険』の作者・荒木飛呂彦先生です。三浦先生は西洋美術の知識や歴史、荒木先生は描き手の視点で絵の解説がされました。
1. 宗教画
一限目は宗教画についての講義です。フラ・フィリッポ・リッピの「王座の聖母子と二人の天使」(1440年頃)を用いて、両先生が解説します。
1-1. 三浦先生の宗教画講義
宗教画のように聖書から主題をとっているものや、ギリシャ・ローマ神話が基になっている絵を「歴史画(物語画)」と言います。これは描かれた当時1番位が高かったものです。そして西洋文明の根幹には、ギリシャ・ローマ文化とキリスト教文化があることから、西洋絵画を知るには歴史画を理解することが非常に重要なのだと三浦先生は仰います。
フラ・フィリッポ・リッピの「王座の聖母子と二人の天使」から読み取れること
聖母マリアは頭の後ろに円光をつけており、服装は赤い服、青いマントを着ています。この衣服の色は、聖母マリアを描く時のお決まりのパターン。この赤は血の色であることから「慈愛」を、青は「天の真実」「キリストをやがて失う悲しみ」の象徴です。ちなみに西洋絵画では「最後の晩餐」などにも描かれたユダの服が黄色であるように、特定の人物が着る服装の色が決まっていることがよくあります!
で、キリストは正面を見据えながら書物を持っており、賢そうな雰囲気。書物は知恵の象徴であることから、この絵のテーマは「キリストの知恵」ということが読み取れるのだそうです。
このように絵の中に描かれているものを観察することで、絵全体のテーマを理解できることができます。色やアイテムなど、様々なところにヒントが散りばめられているんですね~!
カルロ・クルヴェッリの「聖母子」から読み取れること
比較として次に紹介されていたのが、カルロ・クルヴェッリの「聖母子」(1480頃)です。
こちらの聖母マリアも、円光に赤い服、青いマントを着ています。先ほどのマリアに比べると、うつむき加減で表情が少し寂しそうです。キリストも同じくうつむいており、頭の後ろには円光が描かれています。こちらは赤い十字が覗いており、受難で磔刑に処されることを暗示しています。キリストが手に持つ鳥はゴシキヒワで、無垢の象徴。三浦先生は、このゴシキヒワが十字の形をしており、円光の十字と呼応している可能性を指摘されていました。
上部の果実はリンゴで原罪の象徴です。アダムとエヴァがエデンの園で禁断の果実(=リンゴ)を食べてしまうのが、原罪であることが由来となっています。
以上のことを総合してみると…寂しそうな表情や赤い十字、リンゴなどから、この絵のテーマは「キリストの受難」だと考えられます。
三浦先生の講義のまとめ
2枚の絵の比較から、宗教画には特定のルールがあること、描かれ方によって絵全体のテーマが変わることが分かりました。絵を見る時は服装や小物など、人物の周囲のものにも注目すると、テーマを読み取ることが出来ます。
1-2. 荒木先生の歴史画講義
次は荒木先生の講義で、同じくフィリッポ・リッピの「王座の聖母子と二人の天使」についてです。荒木先生は絵全体の雰囲気や小物に注目されていました。
まず荒木先生はこの絵について、「気品、清潔さ、気高さを描きたいのでは?」と推測。なぜなら指先に気品を感じるからとのことです。絵全体の色、人物の表情からも気品が漂っていますね~!
そして聖母のマリアのベールの透け具合には「真似して描きたいですね」とのコメント。確かにこのベール、透明感がありつつ、ベールが重なっているところとそうでないところで透け具合が違います。
荒木先生のこだわり
ここで荒木先生が自身のこだわりについてコメントされていました。荒木先生曰く「絵を描くときはキャラクターが1番重要」と仰っていました。オーラを放って手に取りたくなるキャラクターに仕上げることは重要なのだそうです。
また指先にもこだわりがある荒木先生。ジョジョのフィギュアの出来上がりをチェックする時に、「足先を数ミリ伸ばしてほしい!」とリクエストをするとか…超可動フィギュアにはそんな秘密があったんですね~!細かい…
そして目について、少年漫画は基本的に「読者をにらむ」ように強く描くのだそうです。その一方で「王座の聖母子と二人の天使」については「伏せがちの目のマリア様が好き」と仰っていました。この目により、部屋などにかけても絵に圧迫感がなく、絵が「その部屋の空間を支配していくよう」とのこと。確かにジョジョの表紙絵なんかに比べて、ソフトな印象に見えます。
荒木先生の講義のまとめ
講義を経て、荒木先生は「アレンジすることが画家の冒険」とコメントされていました。三浦先生は「歴史画はルールの枠の中で画家の個性を出していく」と仰っていましたが、つまりルールを守っていれば歴史画はアレンジはOK!ということ。これが画家の腕の見せ所であり、荒木先生も意識されていることなのかもしれません。
2. ヌード
2限目はヌードについてです。ここではルカス・クラーナハ(父)「パリスの審判」(1528年頃)を使って講義がされました。
「パリスの審判」について
講義に入る前に、絵の主題である「パリスの審判」の物語を簡単にご紹介します。ペレウスとテティスの結婚式に、唯一招待されなかったのが、争いと不和の神のエリス。怒ったエリスは最も美しい女神に与えるための、黄金のリンゴを宴に投げ入れます。リンゴはこの3人の女神の奪い合いとなってしまい、誰が手にするかの審判はゼウスに任されました。しかしゼウスはその審判を避けて、トロイアの王子のパリスに任せます。
すると三女神は自分に有利となるように、パリスに見返りを約束するも、パリスは即ヴィーナスを選びました。彼女の見返りは「最も美しい美女を与えること」だったのです。ところがその美女とはギリシャのスパルタの王様の妃であるエレナ。パリスが人妻をトロイアに連れ帰ったことは問題となり、トロイア戦争にまで発展してしまったという話でした。
2-1. 三浦先生のヌード講義
では三浦先生の講義です。先ほどと同じく、描かれているものに注目します。
左側に鎧を着て座っているのはパリスです。右側にはギリシャ神話の3人の女神の「ヘラ:ゼウスの妃」、「ヴィーナス:美と愛の女神」、「アテナ:戦いと知恵の女神」が描かれています。
物語通りの登場人物が登場していますが、クラーナハが本当に描きたいのは女神の裸体。なぜなら西洋美術における理想的な美は人体だったからだそうです。西洋文明は人間中心主義的で、「自然を支配するのが人間=人間が上位」という考え方に基づいています。そのため人体はとても重要視されており、日本の「人間は自然の中の一部」とする考え方とは異なりました。西洋美術は人物画が多いのに対して、日本の美術は動物や植物も多いのはこんな理由も一因なんですよね…
だからこの時代の西洋美術におけるヌードは理想美を宿した人体であり、人体こそが理想的な美が宿るものとして描かれたのだそうです。ヌードが美しいのも納得ですよね~!というお話でした。
ヌードの歴史と多様性
三浦先生は古典的なヌードだけではなく、ヌードの変化についても触れていました。現代のヌードは多様化していますが、それは古典的なヌードが次第に世俗化と共に崩れていったという流れがあるからなのだそうです。
例えばジャン=レオン・ジェローム「ピュグマリオンとガラテア」(1890年頃)は、ギリシャ神話が題材にも関わらず、周囲のアトリエの様子なども含めリアルさを感じます。これは写真ができたことで、写実的な表現が増えたからなのだそう。なるほど…!
そんな訳でヌードの歴史は深く、近代と古典的な表現を比べてもかなり違いがありそうです。そしてそこには科学技術の発展など、様々な要因が関与しているとのこと。なかなか奥深いな~!
2-2. 荒木先生のヌード講義
さてお次は荒木先生の講義ですが、「パリスの審判」を見た荒木先生が注目したのはポージングでした。ジョジョ立ちについても触れられた内容です!
3人の女神のポージングについて
まず3人の女神はぱっと見の区別がありません。クラーナハの女性像は大体顔が似ています。クラーナハは多くの弟子を抱えながら工房を運営しており、分業しながら大量生産をするため、顔がワンパターンなんですよね~
でも3人のポージングによって、まるでメリーゴーランドのように回転しているように見えるのだそうです。言われてみれば、左回転を感じられるかも…!?
また1番右の女神は親指だけ立っており、足の指まで力が入っていることも指摘されました。指先にこだわる荒木先生らしい目の付けどころです。さらにパリスの足を投げ出している様子が気になる荒木先生。馬が片足を上げてポーズをとっているような様子は、人間的な感情が見えるようだとのコメントされていました。
で、この不自然なまでのポージングについて「自然に描くといやらしさが出る」可能性が示唆されました。荒木先生曰く「ありえないポーズをとるとファンタジー感が出る」のだそうです。ジョジョ立ちのように体を極端にねじるなど、人体学的に無理なポーズをとらせるのもそれが理由だとか。
このように荒木先生の講義からはポージングはあえての不自然さを狙うことで、面白さや物語性が発生することがわかります。ジョジョ立ちが目を惹くのも、不自然さゆえなんでしょうね~!
3. 風俗画
最後は風俗画についての講義です。ここではジョルジョ・ラ・トゥール「女占い師」(1630年頃)を、先生方が読み解いていきます。
3-1. 三浦先生の風俗画講義
三浦先生は、まず風俗画の発展について説明されています。17世紀辺りでは王侯貴族、教会だけではなく、裕福な商人や一般市民も絵が欲しくなった時代。そのため歴史画よりも分かりやすい絵の需要が高まり、普通の生活を描いた風俗画、風景画、静物画などのマイナージャンルが発展しました。
とはいえ…まだまだ歴史画の位が高い時代。メッセージや意味を伝えるという点は風俗画にも残り、風俗画にも教訓的な意味が与えられることもあります。これを踏まえて「女占い師」を見てみると…
真ん中の青年に右の老婆が占いを伝えている間に、周りの女性が金品を奪おうとしています。左の女性はポケットから何か引き出しており、右から2番目の女性は金貨らしきものがついた鎖を切ろうとしているようです。窃盗事件じゃん…
つまりこの絵からは「占いに騙されてはいけない」「世間は恐ろしい」など人生の教訓が読み取ることができます。ただの女性に囲まれた青年ではないんですね~…ちなみにこの占い師が青年を騙している様子をテーマにした絵は、同時代のカラヴァッジョ描いています。ラトゥールは、カラヴァッジョから明暗対比や主題などの影響を受けていると指摘されていますが、テーマも共通点があるようです。
三浦先生の講義のまとめ
この時代の風俗画はただ生活を描くのではなく、そこに教訓的な意味合いが持たされていることが分かりました。
ただ絵の中に教訓的な意味があるのか否か、見分けがつきにくい絵画もあるとのこと。例えばジャン・シメオン・シャルダン「シャボン玉」(1733-34年頃)に描かれているシャボン玉は、生のはかなさの象徴(割れてしまうから)です。しかし本当に生のはかなさを表したいのか、ただシャボン玉を吹いているだけなのかを判断するのは難しいところ…
このように鑑賞者によって違った受け取り方となるのですが、そんなところも風俗画の面白いポイントなのかもしれません。
3-2. 荒木先生の風俗画講義
荒木先生が注目したのは服の質感表現。1番右側の女性の衣服はざらつきを感じるのに対し、青年のブラウスにはテカリが描かれていると指摘されました。青年の服からは品質の良さが感じられるなど、服装から貧富の差が伺えます。
さらに荒木先生はまたもや回転を指摘!ジョニィみたいだな…絵は平面なのに、青年を軸にして上から女性たちの手を見ると、回転が見えると説明されています。今度はより立体的な回転ということですね~!ACT2ってことね!!!(違う)
また絵の内容について、絵の中で静かな戦いが行われていることに加え、老若男女や貧富の差など、人間のダークサイドの部分に焦点を当てているように感じ取られるとも仰っていました。司会の小野正嗣先生は「ジョジョでも頭脳戦で騙しあいが行われているから、荒木先生も惹かれるのでは?」とのコメント。確かにジョジョの頭脳戦でもこういうのありそうだよね…
荒木先生の講義のまとめ
服装の描かれ方や騙しあいの様子から、人生観や人間の汚い部分まで読み取れるという講義でした。
三浦先生と荒木先生のコメント
最後に講義を終えた両先生のコメントです。まずは三浦先生のコメントです。
これすごく共感したんですよ~!人文学の目的でもありますが、他者をよりよく理解するために、その過去を知るって結構大事ですよね~!また三浦先生は「楽しく」という点も強調されていましたが、これも大切…!
さて、荒木先生はいかがでしょうか。
荒木先生は描き手としての視点で絵を捉えていらっしゃいました。特に人物の配置や細かな動作に注目されていたのが印象的でしたね~!
次回があるかも!?とジョジョファンには嬉しいコメントです。荒木先生は何度か「日曜美術館」にご出演されていますので、また機会があるのではないでしょうか。
まとめ:美術史学者と漫画家の視点の違いから絵
3つのジャンルの絵画について、三浦先生と荒木先生が講義を行いました。三浦先生は絵画自体の意味、背景など、美術史をベースにお話を展開され、荒木先生は、絵を立体的に捉えたり、ポージングに注目したお話で、特に回転は荒木先生独特の視点だったように感じます。
全く違う裾野で活躍されているお二人の先生が本業の分野から同じ絵を解説することで、絵画をより多角的に見る手助けになったように思います。とっても面白い番組でした!またお二人の競演に期待…!
参考教材:
日曜美術館 : まなざしのヒント メトロポリタン美術館展. NHK, 2022-05-08. (テレビ番組).
※画像はメトロポリタン美術館のオープンアクセスの画像を使用しています。(https://www.metmuseum.org/art/collection/)
ジョジョ展のキービジュアル分析の記事はこちら!