浮世絵を代表する『冨嶽三十六景』。
富士山や波を描いたは、世界的にも有名です。
作者である浮世絵師・葛飾北斎の破天荒な人生も話題になり、近年ますます注目を集めています。
ところでこの『冨嶽三十六景』は、何がすごいのでしょうか。
その秘密を紐解いてみました。
葛飾北斎とは
葛飾北斎(1760-1849)は江戸時代後期に活躍した浮世絵師です。
10代の頃に、勝川春章に弟子入りし、「勝川春朗」の名で浮世絵師デビューを飾ります。
ところが北斎は、勝川派を破門されてしまいます。
その後は「葛飾宗理」と名を変えたのに始まり、「葛飾北斎」、「画狂老人卍」など何度も名を変えながら、絵を描き続けました。
変えたのは名前だけではありません。
北斎は生涯で93回もの転居を繰り返します。
そして90歳という当時では大往生の年齢で、北斎は一生を終えました。
『冨嶽三十六景』とは
『冨嶽三十六景』とは、1831~34年にかけて発行された46枚の浮世絵のシリーズ(※揃物と呼びます)のことです。
「三十六」とあるとおり、本来は36枚発行される予定でした。
ところが好評を博したことで、46枚となりました。
『冨嶽三十六景』のここがスゴイ!
ここからは『冨嶽三十六景』のスゴさがわかるポイントを解説していきます。
1. 構図がスゴイ!
『冨嶽三十六景』にはいくつかの構図のパターンがありますが、面白いものを3つご紹介します。
1-1. 「見てみて!富士山」構図
まず「見てみて!富士山」構図です。
ちょっとキャッチーな名前をつけてしまいましたが、
こちらは富士山に注目が集まるように描かれた構図です。
例えばこちら。「尾州不二見原」です。
木桶職人さんが仕事をしているところですが、その桶の先に富士山が…!
木桶の丸い形に視線が集まり、その先の富士山に、自然と注目させられる構図です。
この場所は愛知県名古屋市付近がモデルになっています。
しかし木桶作りが盛んでもなければ、なんと富士山が見える場所ではないそうです!
まさに北斎が意図的に丸の中に富士山を配置した、見てみて~!と言わんばかりの構図です。
さらにもう1枚ご紹介します。「東海道程ヶ谷」です。
こちらは武蔵国と相模国の間辺りで、実際に富士山が眺められるポイントだったそうです。
富士山はちょうど松の間に挟まれているだけではなく、馬子の視線も向いていることで、より注目しやすくなっています。
1-2. 「三角形と富士山」構図
次に「三角形と富士山」構図です。
こちらは三角形の物体と、三角形の富士山を組み合わせることで、リズム感が生まれている図になります。
例えばこちらの「遠江山中」。
木材の切り出しを行っている職人の後ろに富士山が望む1枚です。
ここでの富士山は、斜めに設置された大きな木材の足場が作る三角形から、顔をのぞかせています。
つまり足場の三角形から、富士山の三角形を望む構図になります。
「東都浅草本願寺」も、三角形が描かれた1枚です。
手前にに大きく描かれた、浅草の本願寺の屋根が作る三角形と、奥の富士山の三角形が並べて描かれています。
このように三角形を多用した構図を、北斎は『冨嶽三十六景』で何度も登場させました。
「武陽佃島」「江都駿河町三井見世略図」「礫川雪ノ旦」などがその一例ですので、ぜひ三角を探してみてくださいね~!
1-3. 「ドカンと富士山」構図
最後に「ドカンと富士山」構図です。
これは文字通り、画面に富士山がドカン!と鎮座している構図になります。
例えばこの「山下白雨」。
富士山がドカンと鎮座していますね~!
シンプルな構図だけに、富士山の迫力が際立ちます。
右下の黄色い線は雷。
そして題名の「白雨」とは夏の夕方に降るにわか雨を意味しており、夏の夕立の富士山を表す1枚です。
富士山をドカン!と描くことで、その天気の様子が非常に注目しやすくなっている作品でした。
こんな1枚もあります。「諸人登山」です。
どこに富士山が?と言いたくなる1枚ですが、この岩場が富士山の一部なのです。
右上に多くの人が詰まっているのは富士講の人が休憩している岩場。
富士講とは、富士山を信仰し、登山するグループのことです。
江戸時代にはこの富士講が大流行していたのだそう。
富士山全体を描くのではなく、その一部をドアップにして描くなんて、北斎のアイデア溢れる構図です!
2. 色がスゴイ!
次に色についてです。
『冨嶽三十六景』を見渡してみると、藍一色で描かれた作品をいくつか見つけることが出来ます。
こちらの「武陽佃島」もその一例です。
この青色は「ベロ藍」と呼ばれた合成化学顔料。江戸時代後期に輸入されたものでした。
ベロ藍が輸入された後、浮世絵師・渓斎英泉が藍色のみを使って浮世絵を描きます。
このような浮世絵は「藍摺絵」と呼ばれ、当時流行したものでした。
それからベロ藍は、葛飾北斎や歌川広重の風景画に用いられます。
特に空や水の青色を表現するのに、多用されました。
中でもこの藍色が美しい作品と言えば、やはり「神奈川沖浪裏」。
アダチ版画研究所さんによりますと、
波頭に薄いベロ藍が、波本体の明るい青色部分に濃いベロ藍が、それぞれ使用されているのだそうです。
立体感を出すことで、波の迫力がより際立つ作品に仕上がっています。
3. 日本の代名詞としてスゴイ!
最後に、『冨嶽三十六景』が日本の代名詞として登場するという点です。
3-1. パスポート・お札のデザイン
例えば、国境を越える際に必要な日本のパスポート。
『冨嶽三十六景』のデザインが用いられたことは、話題になりました。
10年用パスポートには24作品、5年用パスポートには16作品が使用されています。
パスポートに『冨嶽三十六景』が使われることで、より日本のパスポートであることが分かりやすくなりました。
同時に日本らしさも高まったのではないでしょうか。
また2024年から発行される新千円札にも『冨嶽三十六景』のデザインが採用されます。
こちらは「神奈川沖浪裏」が印刷されます。
「グレートウェーブ」の異名で海外でも親しまれる「神奈川沖浪裏」を使うことで、
日本の紙幣であることが、他国の人々にも伝わりやすくなりました。
日本の国に関わる発行物に使われた『冨嶽三十六景』。
このことで、日本のものであることをより分かりやすく出来る一面を感じさせます。
3-2. 東京パラリンピックのポスター
さらに2021年に開催された、東京パラリンピックのポスターにも注目しましょう!
ここにも『冨嶽三十六景』の「神奈川沖浪裏」のデザインが見られます。
こちらは『ジョジョの奇妙な冒険』の作者・荒木飛呂彦先生の作品。
背景に描かれた波や富士山など「神奈川沖浪裏」の要素が散りばめられつつ、荒木先生の画風が存分に感じられる1枚でした。
浦沢直樹がオリンピック、荒木飛呂彦がパラリンピックをテーマに描いたアートポスターhttps://t.co/YAfKDWlFDB pic.twitter.com/ZQkwJiiJbW
— コミックナタリー (@comic_natalie) January 6, 2020
国際的な大会のポスターに『冨嶽三十六景』を使われています。
これは「日本での開催」をより分かりやすく説明しているのではないでしょうか。
荒木飛呂彦先生の作品には、日本美術がモチーフのものも見られます。
こちらの記事でも紹介しています。
まとめ:やっぱり『冨嶽三十六景』は色々スゴかった!
『冨嶽三十六景』のスゴイ!なポイントをまとめてみました。
一目で分かる色の美しさもさることながら、見るものを楽しませるような、計算された構図など、北斎の工夫が感じられる作品であることが分かります。
近年様々なデザインにも使用され、日本を代表する1枚としても、ますます注目が集まる『冨嶽三十六景』。
46枚あるので、ぜひお気に入りの1枚を見つけたり、構図の面白さを発見したり、楽しんでみてくださいね~!
参考文献
大久保純一(2012),『カラー版 北斎』, 岩波書店
『北斎 富嶽三十六景の旅 天才絵師が描いた風景を歩く』, 2010年, 平凡社
「北斎今昔」編集部, "天才絵師・北斎の愛したブルー「ベロ藍」", 北斎今昔, 2020-08-03,
https://www.adachi-hanga.com/hokusai/page/know_13,(2022-04-14)
※この記事で扱っている作品画像はpublic domainなど、掲載可能、あるいはオリジナルの素材を利用しています。