イギリスが舞台となったジョジョの奇妙な冒険1部では、英国貴族の文化や歴史が各所に描かれていました。
今回はジョジョ1部のシーンと実際のイギリス貴族の文化や歴史を比較しながら、一覧にまとめてみました。

ジョナサンの紳士像とノブレス・オブリージュ
ジョナサンは紳士を目指していましたが、その紳士像についてこう述べています。
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(28頁)
イギリスの支配階級にはノブレス・オブリージュ(高貴なる者の責務)と呼ばれる不文律があります。身分の高い者は相応の義務を果たすべきという考え方で、逮捕や尋問を行う治安判事、恵まれない者への慈善活動などのほか、災害や戦争など国家的な問題が起きると先頭に立って指揮をし、死亡することも多かったとか…
つまりジョナサンは困難にも立ち向かい、困っている者には手を差し伸べるという紳士を目指しており、ノブレス・オブリージュの考え方でエリナを救おうとしていたんですね~!そして家族を亡くしたディオを迎え入れたジョースター卿の行動も、同じ精神性がよく表れていたといえるのではないでしょうか。
不良になって清い心を受け継いだ承太郎の話

エリナの人形遊び、看護師の仕事と階級との関係
エリナがいじめっ子に人形をとられていたシーンを見てみます。
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(23頁)
エリナ、めちゃかわいいな…!
人形遊びは女の子の室内遊びの定番で、室内遊びは中流階級以上で行われていました。エリナは外に出歩いていましたが、医者の家だったところを見るに、普段は室内遊びが中心だったと考えられます。というか女の子は庭で遊ぶことさえ危険と禁止された家もあったほど、外での遊びがポピュラーじゃなかったそうな。
またエリナは看護師となりましたが、当時の看護職は下層階級の女性や修道女の仕事でした。1854年からクリミア戦争で戦地に赴いたナイチンゲールの登場までは、尊敬される職業ではなかったのだそうです。中流階級以上は良妻賢母を目指すべきとされた時代なので、エリナは家系というよりナイチンゲールに感化されて看護師を目指したのかもしれません。
ジョースター家に関わる女性の医者がいた8部の話

ジョースター卿の貿易業と貴族との関係
ここで貴族であるジョースター家の家柄についても考えてみます。貴族は元々、所有していた土地による利益で生活していており、働く必要がない人々でした。ところが17世紀頃からは貿易や商業で財を成した者が、その功績を認められて貴族の称号を手に入れるようになります。
ジョースター卿も貿易業を営んでいたので、代々伝統的な貴族というより、貿易で一儲けした新興貴族っぽいですよね~!仕事で家を空けることがあると話していたので、ちゃんと働いているみたいだし…
かなりやり手のビジネスマンの可能性もあるジョースター卿。その血が不動産王ジョセフにも引き継がれているのがジョジョらしいですよね~!ジョースター家、ビジネスセンスがグンバツすぎる…!

ジョナサンへの仕打ちとイギリス貴族のしつけ
ジョナサンへのしつけについても見てみます。厳しかったよね~~~~!
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(43頁)
さすがに6回は多い。ジョースター卿の教え方が悪いのでは…?
間違えまくるジョナサンですが、イギリス貴族の学業成績はどうやら優秀とはいえなかったようで…貴族は人格形成は非常に重要視する一方、元々働かなくてもよい身分だったために勉強を軽視する傾向がありました。成績が良いと「本当に貴族か?」と疑いの目をかけられることもあったのだとか。ただ新興貴族らしいジョースター家なので、伝統的な貴族よりも勉強に力を入れていたのかもしれません。
またジョナサンはムチで叩かれていましたが、貴族は家ではもちろん学校でもかなり厳しくしつけがされていました。例えば上流階級の男子は一般的に、13歳から19歳まで寄宿生のパブリックスクールに通いますが、食事などの生活は質素、規則違反をすれば罰として鞭でお尻を叩かれることもあったそうです。ただ16世紀以降は男子はお尻を叩いて教育するのが効果的と認識されていたため、今のように体罰問題にはならなかったとか。
とはいえメンタルが鍛えられそうな6年間ですよね~…英国貴族への道は険しい…
ナランチャのお勉強をブチギレながら見ていたフーゴ先生の話

上流階級や貴族の通ったオックスフォード大学、ケンブリッジ大学
ジョナサンとディオが通った大学、ヒュー・ハドソン校も見てみます。こちらでオックスフォード大学やケンブリッジ大学がモデルでは?という考察はしましたが、長い伝統を有する名門2校は当時の貴族が目指す大学でした。特にオックスフォード大学のクライスト・チャーチ・カレッジは貴族の割合が高く、現在も上流階級出身の学生が集まっているのだとか。
両校とも伝統的に力を入れているのが個人指導で、教授との1対1や少人数で課題をこなしながらディスカッションを行います。論理的な思考や発表の仕方を学びながら、専門を深めていくのだそうです。めちゃくちゃ大変そうだ…!

エリナの受けたレディの教育と女性の貞操観念
エリナにズキュウウウンした後のディオは、「レディの教育」という言葉を使っていました。
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(85頁)
話の流れ的に女性の貞操観念のことのようです。当時のイギリスでは女性は花嫁として初夜を迎えるまで純潔であり、花婿とは肉体ではなく心の結びつきを求めているのが理想とされていました。そんな価値観の時代におけるディオのキスは、エリナから純真さを奪った行為だった訳ですね~…そんなことを平然とやってのけるなんて、やっぱりディオはぶっ飛んでる、ヤバすぎるゥ…

ディオの財産乗っ取りは不可能だった!?
ディオのジョースター家の財産乗っ取り計画についても考えてみます。これ、よっぽどのことがないと無理なんですよね~…
基本的にイギリス貴族は世襲制で、爵位の保持は当主1人のみ。息子らは父親の爵位を継承するまでは貴族ではなく、一般人扱いされます。爵位と領地を継承するのは最も血筋の近い長男のみ。次男以降には領地の分け前はなく、血縁でない者を養子に迎えて爵位や領地を継承させることもできません。
つまり養子のディオによるジョースター卿の財産、爵位の継承は不可能だったことになります。ディオ、無念…!

パイプをふかすジョナサンと貴族の喫煙道具
ジョナサンがパイプをふかすシーンを見てみます。
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(67頁)
この当時の未成年の喫煙を禁止する法律って恐らくないんですよね~…ただし19世紀半ばのイギリスでは喫煙抑制の動きが起きていたので、タバコをたしなむのは良いことではなかったのかもしれません。
また貴族や上流階級がたしなむタバコはシガーや両切葉巻などで、パイプは公の場ではタブーというほど蔑まれた存在だったようです。つまりジョナサンがわざわざ「隠れてパイプ吸おう」と声をかけたのは、ジョースター家のぼっちゃんがパイプなんかを吸っているという意味でアウトなんでしょうね~!
こんなのジョースター卿が見たらまたブッ叩かれるじゃんよ~~~~!って思うじゃん?見てこれ…
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(90頁)
うそだろジョースター卿。
逆に考えるんだ、吸っちゃってもいいさと…といわんばかりにパイプをふかしていますね~~~~!当時のイギリスでは中流階級は葉巻、パイプは下級層の主な喫煙アイテム。でも家の敷地内で楽しんでいるだけだしね…ジョースター卿も人前では使うまい、多分…
年齢も家柄もおかまいなしに喫煙しまくる子孫の話

19世紀イギリスのスポーツと賭け事
イギリスのスポーツ事情についても見てみます。ジョナサンとディオのボクシング対決時には、19世紀のスポーツについてこんな説明が書かれていました。
19世紀のスポーツ!それは精神的な意味において今日のそれと少し違っていたッ!社会や学校は学問以上にスポーツで鍛練する事を望み単なる競技を越え宗教に近かった!そのためこの時代 スポーツはルールやテクニックにおいて 大発展をし高貴なものになっていくッ!
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(47頁)
19世紀のイギリスではスポーツが熱狂的な支持を集めていましたが、その背景にあったのがパブリック・スクールでのスポーツ教育です。克己心やフェア・プレー精神を育くむためにスポーツが教育として重要視され、費やされた時間はなんと週20時間以上!多くの学生が夢中になって取り組んでいたそうです。
スポーツの隆盛を極めたことで、筋肉的キリスト教も登場しました。筋肉的キリスト教は英国紳士の男らしさは肉体に宿ると考え、強靭な肉体を育むためにスポーツを推奨したキリスト教運動のことです。名前がめちゃくちゃジョナサンっぽい。
またスポーツはルールが定められたことで格が高くなったのはもちろん、賭け事の対象としても熱狂的な盛り上がりを見せていました。ジョナサンたちも金を賭けて戦っていましたね~!今でもイギリスは賭け事が盛んで、賭けの範囲はスポーツ、政治、エンタメなどにまで及ぶのだそうです。
筋肉的キリスト教の話はこちらでも取り上げました

ジョナサンとディオのボクシングとクインズベリー・ルール
ジョナサンとディオのボクシングでは「顔面に1発食らったら敗北」「ノックダウンは10カウント」「グローブ着用」というルールが定められていました。これらは1867年に制定された「クインズベリー・ルール」のグローブ着用、ダウン後10カウントでKOなどの取り決めを基にしていそうですね~!このルールが定着し始めたことで、荒々しいスポーツだったボクシングは徐々に品行方正さが認められ、大衆スポーツとしての地位を獲得したそうです。
ディオは親指をジョナサンの目に突っ込んでいましたが、目えぐりは1838年に制定された「ロンドン・プライズリング・ルールズ」で禁止されています。ルール的にはアウトでも、本人曰く「ロンドンの貧民街ブース・ボクシングの技巧」らしいからね…ジョジョの貧民街テンションはエグい。
貧民街テンションの人の話

ディオが借りたジョナサンの懐中時計
ディオはジョナサンに懐中時計を借りていました。
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(63頁)
僕は持ってないから借りるね~!バ~イジョジョ~!と、勝手に机をあさって持って行ってしまったディオ。なんてやつだ…
当時のイギリスでは懐中時計は普及していたものの、庶民や中流階級にとってはまだ憧れのアイテム。一生に一度の贅沢な買い物として手に入れていたそうです。ブランドー家の財政状況を見るに、ディオは本当に持ってなかったんだろうな…

ジョナサンの結婚と新聞の社交欄
ジョナサンとエリナの結婚は新聞でこう報じられていました。
荒木飛呂彦(1988年)『ジョジョの奇妙な冒険』5巻 集英社(78頁)
ジョナサンが聖書らしき書物を持っているので、教会での挙式だったようです。19世紀イギリスでは婚姻記録は教会が管理しており、教会での結婚式は挙式前の日曜日ごとに3回の結婚予告を公示し、意義が唱えられなければ式の慣行が認められました。
ジョナサンの結婚は新聞の社交欄に載っていましたが、社交欄には上流階級の結婚や家系の話などが掲載されていました。ちょっとゴシップっぽさがありますが、現在もザ・タイムズ紙などには社交欄があり、芸能人の結婚が発表されることがあるようです。

まとめ:ジョジョには様々なイギリス貴族の文化や歴史が描かれていた
ジョジョのイギリス貴族の文化や歴史について1部を中心に考察してみました。
現実に即した描写が多く、貴族の生活、精神など、19世紀イギリスの文化がよく反映されているのではないでしょうか。きっと荒木先生はボクシングのルールの資料なんかも参照されていたんでしょうね~!細け~~~~!
しかしディオが財産の乗っ取りをできないのはね~~~…あれだけ頑張っていたのに、やっぱり血縁には勝てないんですね…ブランドーくん、痛恨のミスすぎる…
ジョジョの元ネタの話はこんなのもあります



参考文献
荒井政治(1994)「イギリス社会における広告批判と自主規制の歴史」『關西大學經済論集』43巻6号, p. 719-759
泉順子、 佐藤寛子(2013)「19 世紀イギリスのダンディズムにみるたばこ文化」https://www.tasc.or.jp/assist/archives/2013/pdf/2013_04B_izumi.pdf(2025年3月1日確認)
一般財団法人日本ボクシングコミッション「ボクシングの歴史」https://jbc.or.jp/history/(2025年3月1日確認)
川成洋(2016)『イギリスの歴史を知るための50章』明石書店
河野真太郎「なぜイギリス人の「階級への執着」は産業革命後に生まれたのか」https://gendai.media/articles/-/59177(2025年3月1日確認)
小林 章夫(1991)『イギリス貴族』講談社
SEIKO「イギリス時計産業と産業革命」https://museum.seiko.co.jp/knowledge/relation_05/(2025年3月1日確認)
田中亮三(2009)『図説 英国貴族の暮らし』河出書房新社
谷田博幸(2001)『図説 ヴィクトリア朝百貨事典』河出書房新社
ルース・グッドマン(2017)『ヴィクトリア朝英国人の日常生活 貴族から労働者階級まで 下』原書房