2025年12月21日にNHKで放送された「日曜美術館 印象派 人物画編」では、ジョジョの奇妙な冒険の作者・荒木飛呂彦先生が出演されました。
三浦篤先生と共に印象派について講義形式で展開された内容でしたが、今回は番組の内容をジョジョと絡めながらレビューしてみます。
1時間目:肖像画の変化
1時間目は肖像画の歴史についてでした。取り上げられた絵画はエドガー・ドガの「家族の肖像(ベレッリ家)」。なんだか意味深に見えてくる1枚ですよね~…
荒木先生もドラマを感じるそうですが、それもそのはずこのお父さん、イタリアの独立運動に参加し政治亡命中。三浦先生は「父親は肩身が狭かったのでは?」と推測されていました。どこか遠くを見るような表情の母親は、精神が不安定だったそうです。
荒木先生は漫画家の視点から「ピントが母親、左の長女に合っており、父親、右の次女はぼかされている」とコメント。ただし「ぼかすことで完璧すぎない肖像画となりむしろかっこいい!」と評していました。ちなみにこのぼかし方は「上手い人にしかできない」テクニックなのだそうです。へぇ~~~~!
もうひとつ気になるのが右下の犬。絵画史において犬は忠実、忠誠のシンボルですが、半分しか描かれないわ動き回っているいるわで全~~~然忠実そうに見えないよね~!ただ荒木先生はこの絵全体の不完全さが良いとのこと。母親の顔にわざとらしくかかる額縁、半分に切られた犬は「しびれる」、服装の白と黒という強力な組み合わせに椅子の水色がのぞいているのは「イケてる」そうです。
家族の肖像画として完璧じゃなくていいの…?と聞きたくなるこの1枚。本来肖像画はカッコよく美化した貴族らが描かれるのが一般的でした。ただ三浦先生によると、この頃からブルジョワジーが台頭して社会を動かし始めたことで、中流階級の肖像画も描かれ始めたそうです。題材が変化しても理想的な肖像画は健在だったものの、ドガはリアルな姿を描きすぎたのではないかとお話しされています。

ジョジョのキャラクターの配色
さて荒木先生は「白と黒の組み合わせは強力」と話していましたが、この配色で思い出すジョジョキャラといえばポルナレフ。シルバーの髪、黒と白の服、赤いピアスと配色はほぼ白黒。黄色のジョセフ、オレンジのアヴドゥルなど華やかな色使いのキャラクターと並んでも負けない存在感だったのは、白黒の色自体の強さがあるゆえなのかもしれないよね。
同じようにモノクロトーンだったのがブチャラティ。白い服、紺色がかった髪など色の組み合わせは非常にシンプルなキャラクターでしたよね~!赤青のミスタ、黄緑のフーゴなどかなりカラフルな外見の多い5部でしたが、白黒でも力負けすることのないキャラクターです。
他にも4部の承太郎、6部のウェザー・リポートなど白黒系統を基調としながらも、グループ内で存在感を放っていたキャラクターが数多くいたジョジョ。色自体の魅力はもちろん、荒木先生が白黒のパワーを理解して配色していたことが感じられるのではないでしょうか。

2時間目:画家たちの変化
2時間目は「画家たちの変化」について。取り上げられたのは、フレデリック・バジール「バジールのアトリエ(ラ・コンダミンヌ通り)」です。
By Frédéric Bazille - cAF7KPVs5G2guA at Google Cultural Institute maximum zoom level, Public Domain, Link
中央でパレットを持つのはバジール、その左の帽子の人物はマネ、さらに左の黒ひげの男性はモネかゾラなど数多くの美術関係者が描かれています。この頃は工房で弟子を従えて仕事をするなど「職人」だった画家が、「芸術家」として花開いていく時代でした。三浦先生も「その雰囲気が感じられるのではないか」とお話しされていましたが、たしかに話し声さえも聞こえてきそうですよね~!
何気ない日常が伝わるこの1枚ですが、その自然体さについて荒木先生はポージング、カーテンのよれ方、家具の丁寧な描かれ方などがリアリティに繋がっているのでは?とのこと。肖像画のようなかっちり感がなく、その場を瞬時に切り取ったかのような絵画だからこその空気感なのかもしれないよね。
他にも手前の椅子の赤と緑の補色の組み合わせのインパクトや、椅子→キャンバス前の3人→ソファ→ピアノ→ストーブ→…と絵の隅々まで視線が移ってしまうことなどにもコメントされていた荒木先生。人物だけではなく全体として見ごたえがあるのは、細かなアイテムの描写が優れているゆえということではないでしょうか。

ジョジョにおけるリアリティと補色表現
リアリティの話が登場しましたが、ジョジョでリアリティといえば岸辺露伴。クモを犠牲にして舐めるほどストイックでしたよね~!読者のために一生懸命だった露伴ですが、リアリティについてこう話していました。
『リアリティ』こそが作品に生命を吹き込むエネルギーであり『リアリティ』こそがエンターテイメントなのさ
『マンガ』とは想像や空想で描かれていると思われがちだが実は違う!自分の見た事や体験した事 感動した事を描いてこそおもしろくなるんだ!
荒木飛呂彦(1993年)『ジョジョの奇妙な冒険』34巻 集英社(121頁)
先ほどの1枚に通ずるお言葉では…?人物のポージングやカーテンのよれなどがリアルだからこそ、作品にエネルギーがあり、面白い絵画に見えたのかもしれないよね。全員決めポーズ、カーテンはまっすぐ…なんて絵はイマイチ魅力的ではないのかもしれません。見ていて疲れそうだよな。
また赤と緑の組み合わせの話で思い出すのが花京院のカラーリング。彼も3部メンバーの中でもインパクトのある見た目です。赤と緑は補色の関係ですが、補色に近い組み合わせとして荒木先生がよく用いるとお話しされているのがピンクと水色。54巻の表紙もそのひとつで目を引きますよね~!印象派で取り入れられていたテクニックは、今の漫画にも繋がっていることがよくわかる2時間目でした。

新説浮上!?ドガの「マネとマネ夫人」の荒木飛呂彦先生の見解
2時間目の終盤にはエドガー・ドガ「マネとマネ夫人」も取り上げられました。
Di Edgar Degas - Kitakyūshū Municipal Museum of Art, Pubblico dominio, Collegamento
マネ夫婦を描いた1枚ですが、ピアノを弾く夫人の姿が右側でバッサリ切られています。実はこれ、夫人の顔の描き方に怒ったマネが断ち切ったそう。三浦先生曰く「ドガが夫人の顔を理想化せずに描いたからでは?」とのことでした。
これを見た荒木先生は「夫人の姿が見えないことで音が聞こえてくるし、マネがリラックスしている姿に見える」「自分はあえて断ち切る描き方をする」とコメント。そして「マネは実はわざとやったのでは?」と新説を展開していました。たしかに夫人の情報量が少なくなることでマネにより目が行くし、想像力もかきたてられるよね。芸術の描き手としての面白い説なのではないでしょうか。

3時間目:印象派の変化
3時間目は印象派の変化について、特にピエール=オーギュスト・ルノワールの画風の変化に注目して講義が展開されました。印象派のタッチ分割は自然を描くのには適しているものの、人物を描くには輪郭線がぼけてしまったりと難しいところがあるのだそう。例えば「読書する少女」を見てみると…
By McLeod - Gemälde der Welt, Public Domain, Link
たしかにちょっと人物がぼや~~~~っとしている印象です。
ところがルノワールは印象派のテクニックを用いながら人物画を極めていきます。その結果がこれね。
ピエール=オーギュスト・ルノワール - Pierre-Auguste Renoir, パブリック・ドメイン, リンクによる
めちゃくちゃ進化していますよね~!三浦先生はこの絵のすごさについて「印象派のような多彩な色彩を用いつつ、上手く形態もバランスをとったことで、印象派を超えていった」と解説されていました。
荒木先生も「人間そのものが幸福感に満ちておりオーラを放っている」「黒を用いていないからこそ髪やドレスの輝いているように見えるのでは?」「漫画なら線などを使って人間の輝きを表現するが、それなしに輝かせるのがすごい」なんてコメントされていました。穏やかな色使いながらも目を引く作品で、楽しそうな時間であることがよくわかるよね。ちなみにこの輝きを効果線や太陽光なしに表すのは、難しいテクニックなのだとか…!
はっきりとした筆致ではなくとも、多彩な色合いを武器に人を惹きつけたこの絵画。三浦先生と荒木先生の解説によりその魅力やルノワールの卓越した技術力がわかるのではないでしょうか。
元ネタは印象派かもしれない小道の話

荒木飛呂彦先生が選んだ1枚とジョジョの目のハイライト
3時間目の終盤には「好みの肖像画を見つける」という課題がありました。荒木先生が選んだのはジェームズ・ティソ「L・L・嬢の肖像」です。
この人、ジョジョにいなかった???
ちょっと強気でアクが強そうで、ジョジョに出てきそうじゃないですか…?よく見るとチョーカーに星までついちゃってるし。
荒木先生がこちらを選んだ理由は「1番美人」「ファッションがいまにも通ずるオシャレさ」ゆえだそう。さらに女性の目には、漫画でよく使うというハイライトが入っていることにも言及されていました。たしかに入っているな…!
で、ジョジョで目のハイライトで思い出すのが、ディアボロとブチャラティの入れ替わりのシーンです。通常ディアボロは三角状のハイライトが使われているのですが、入れ替わったシーンを見てみると…
荒木飛呂彦(1999年)『ジョジョの奇妙な冒険』62巻 集英社(59頁)
なんということでしょう、ピュアなボスに生まれ変わったではありませんか。
ブチャラティのキラキラお目目に変わっただけでここまで印象が変わるなんて、まさに劇的ビフォーアフター。「ハイライトは漫画の使命」とも仰っていた荒木先生ですが、目の光の重要性がよくわかりますよね~!
またハイライトがないキャラクターといえばミスタです。5部屈指の陽キャのはずですが、ハイライトがないために感情が読み切れずどこか影のある印象に…
荒木飛呂彦(1996年)『ジョジョの奇妙な冒険』49巻 集英社(154頁)
これ怖いよね〜〜〜!影や煽りの角度のせいもありますが、迫力を感じるのはハイライトがないからというのも大きいはず。同じ角度でもナランチャやフーゴではこうはならんよね。5部では多くの目の描き分けがされていましたが、ハイライトに注目されていたのは、それだけ大事なパーツだからなのかもしれません。

まとめ:荒木飛呂彦先生の印象派の人物画の捉え方にはジョジョとの共通点が感じられるのでは
荒木先生ご出演の日曜美術館「まなざしのヒント 印象派 人物画編」について、ジョジョと絡めてレビューしてみました。印象派はジョジョで頻出の作品ではありませんが、荒木先生のコメントにはジョジョとの関連が伺えるのではないでしょうか。
三浦先生の絵画の逸話や歴史的背景はもちろん、荒木先生の漫画の描き方や美的センスも感じられるのが面白いところ。全く違う視点から1枚の絵画を見ることで、視点が広がっていくのが楽しいですよね~!このシリーズ、来年もやってくれないかな~…




参考文献
日曜美術館「まなざしのヒント 印象派 人物画編」. NHK, 2025-12-21.(テレビ番組)











