ジョジョの奇妙な冒険に登場したスピードワゴン。後に財団を設立するなど、ジョースター家にとっての重要人物でした。
今回はスピードワゴンの解説はなぜうるさいのか、その意味などについて真面目に考察してみました。
1. スピードワゴンのうるさい解説が示すわかりやすいジョジョの基準
まずはスピードワゴンの解説が果たした役割を考えてみます。1巻で荒木先生がコメントされていたように、ジョジョは「人間賛歌の物語」とされ、現在まで一貫して描かれてきました。その始まりである1部において、スピードワゴンはジョジョのテーマ、物語の善悪の基準をわかりやすく定義する役割を担っていたのではないでしょうか。
例えばディオを初めて目にしたシーンを見てみると…
こいつはくせえッー!ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッ────ッ!!こんな悪には出会ったことがねえほどなァ────ッ 環境で悪人になっただと?ちがうねッ!!こいつは生まれついての悪だッ!荒木飛呂彦(1988年)『ジョジョの奇妙な冒険』2巻 集英社(56頁)
初対面の一言目が「くせえ」。そして二言目が「ゲロ以下」。
これだけでディオは歩み寄れないほどの絶対的な悪であることが瞬時に理解できますよね~!さらにジョナサンとの一戦で、拳銃で頭を撃たれても死なないディオを見るとこれ。
荒木飛呂彦(1988年)『ジョジョの奇妙な冒険』2巻 集英社(109頁)
いかに強大な力に立ち向かわなければいけないのかという、ジョナサンの運命の過酷さもよくわかるのではないでしょうか。
一方で、ジョースター卿が息を引き取る中、「死んでしまったら終わり」と語る警察にこんな言葉を返しています。
ちがうッ!あの父親の精神は………………息子のジョナサン・ジョースターが立派に受け継いでいる!それは彼の強い意志となり誇りとなり 未来となるだろうぜッ!! 荒木飛呂彦(1988年)『ジョジョの奇妙な冒険』2巻 集英社(81-82頁)
死はバッドエンディングではなく、高潔な魂やその継承が主人公サイドの美学だよ~!というのが明確に伝わってきます。現在も描かれ続けるジョジョの美学のひとつですが、スピードワゴンの解説は状況をわかりやすく伝えてくれるのはもちろん、物語の価値観を伝えてくれるポジションだったのではないでしょうか。

2. 読者とジョナサンを繋ぐスピードワゴンのうるさい解説
次は読者との関係についてです。自身について「オレは傍観者よ」と語るなど、ジョナサンやツェペリさんのような実力者ではないことを自覚していたスピードワゴン。それでも最後までついてきたのは、ジョナサンの役に立ちたい、応援したい、善が報われて欲しいという純粋な気持ちがあったからではないでしょうか。
それは読者の心情ともつながるところですよね~!ジョナサンのようなザ・いいヤツが、超絶な悪であるディオに負けて欲しくない!頑張れジョナサン!という読者の応援を代弁し続けたのがスピードワゴンの熱~~~い実況なのかもしれないよね。ジョナサンらのようなスペシャルな存在ではなく、ちょっと腕の立つ一般人というポジションも読者に近く親しみやすいしね。
またジョナサンの熱く優しい生き様を、読者に提示してくれていたのも印象的でした。
荒木飛呂彦(1988年)『ジョジョの奇妙な冒険』4巻 集英社(164頁)
ジョナサンは愛情あふれる紳士ですが、自分の熱意をいつも事細かに語るわけではありません。それをスピードワゴンが熱く語り上げることで、ジョナサンの精神はもちろん、彼の人生をただのディオとのいざこざではなく、美しくも儚い英雄の物語に仕立て上げていたんじゃないかな~…
読者の代弁者であり、読者に1部を壮大な叙事詩として提示する。そんな読者とジョジョを繋ぐ盛り上げ役が、スピードワゴンだったのではないでしょうか。スピードワゴンがいたからこそ、我々もジョナサンの人生に思いを寄せ、ディオの悪さをより感じることができるのかもしれないよね。

3. ジョナサンを全力肯定!スピードワゴンのうるさい解説の効果
ジョナサンとの関係についてもう少し見ていきます。さてディオと手下という悪に立ち向かう運命を背負ったジョナサンですが、悪に打ち勝つには命を奪い、せん滅させることが必要になります。でもそれは敵であるディオとやっていることは変わらないわけで。心優しきジョナサンなので「自分もディオと同じ人殺しでは?」とその矛盾に葛藤する瞬間があったはずです。
そこに「最高の大アマちゃんだ!」だの「ディオは死んだ!世界は救われた!」だの裏表のない男の大絶叫は、全力肯定の効果がありますよね~!言動を客観的に評価し、後押ししてもらえることで、ジョナサンは「自分は間違ってないんだ、これでいいんだ」と、前に進むことができたのかもしれません。
人間誰しもが持つ理解されたい、肯定されたい気持ちに全力で寄り添い、後押ししてくれる…そんなおせっかいさが詰まっていたのが、スピードワゴンの解説だったのではないでしょうか。善意の暴力みたいな男だからな。心強いよね~!

スピードワゴンの解説がうるさいだけでは終わらない理由
とはいえそこら辺の人間がただ熱く解説するだけでは、スピードワゴンのような説得力はないわけで。ほらこれとかさ…
荒木飛呂彦(1987年)『ジョジョの奇妙な冒険』1巻 集英社(83頁)
厚みがなさすぎるゥ!!!
何の言葉の重みもない盛り上げ役でしたが、対してスピードワゴンに説得力があったのは、彼の出身が食屍鬼街だからのはず。悪の巣窟にいたからこそ、悪とは何か、ジョナサンのような高潔で光り輝く存在がいかに希少であるかを理解していたのではないでしょうか。初対面からジョナサンの本質を見抜き、敬意を払っていたくらいだもんね~!
さらに食屍鬼街にいたものの、決して極悪人ではなかったスピードワゴン。その後も見返りを求めるわけでもなく、SPW財団を立ち上げてジョースター家を支援したのは、善が正しく評価される世界であって欲しいという、誠実な気持ちがあっただよね。そんな黄金の精神があるからこそ、解説に説得力があるのではないでしょうか。本当、ナイスガイだよな~~~!

まとめ:スピードワゴンのうるさい解説は純粋さ、応援、読者のためという理由があった
スピードワゴンの解説について考察してみました。あの解説はジョナサンへの純粋な応援や後押し、ジョジョという物語のテーマに関わる重要な意味を持っていたのではないでしょうか。
そして何より彼がいないと盛り上がらないですよね~!1部をただのバトルではなく、美しくも儚い物語に進化させたのは、スピードワゴンの力があってこそではないでしょうか。1部屈指の重要キャラクターだったのでは…!?










