3部小説版の『ジョジョの奇妙な冒険』。ンドゥール戦後の承太郎たちの戦いが描かれた作品です。
「砂漠発地獄行」「熱き砂の墓標」の2作品が収録された1冊ですが、今回は作品のレビューと、登場するキャラクターらの元ネタを考察してみました。
1. 旅の過酷さと3部らしさが詰まった「砂漠発地獄行」
まずは「砂漠発地獄行」についてです。ンドゥール戦直後にヌビア砂漠を彷徨うジョースター御一行の話ですが、砂漠の過酷さの描写がとにかくエグい。暑さの中で焼かれ続ける肌、ンドゥール戦の負傷で衰弱し顔面蒼白の花京院、水は尽きてまともな声すら出せない喉…体力を削らずに無言で歩き続ける御一行からは、原作以上に旅の厳しさが伝わってきます。ポルナレフはずっと喋ってたけど。この男は本当にブレない。
また印象的だったのが、承太郎の母親ホリィへの愛の描写です。「おふくろを救うために旅に出た」「救えるのは俺たちだけ」「くたばるわけにはいかない」と強い覚悟が何度も描かれていました。生死を彷徨った際には、幼い時に買ってもらった絵本が大好きだったにも関わらず、照れなのかホリィの前で読まずにがっかりさせてしまったことを後悔するシーンも…あるよね、そういうことって…
そしてホリィで思い出すのが花京院の「ホリィさんを守ってあげたい」発言です。今作ではこの言葉をアヴドゥル伝いで聞いたという設定で、承太郎は「花京院に礼を言わなければ」とのこと。愛する母親を好いてくれたことはもちろん、「守ってあげたい」という仲間からの言葉に奮い立たされるところがあるんでしょうね~…
アブサロムは何と戦っていたのか
次に敵であり、DIOの手下だったアブサロムと妹ミカルが戦っていたものについて考えてみます。電気を使わない原始的な生活を営む村に生まれ、長所ばかりではないと村人たちに説得されながらも文明に憧れ続けたアブサロム。見かねた両親が大都会カイロに連れて行くと鉄道事故に遭い、両親の命とミカルの声を失ってしまいます。そして文明への怒りと捨てきれぬ憧れを抱きながら発現したのが、アブサロムの列車型のスタンド凶悪連結器でした。
DIOの手下である以上、アブサロムたちの敵が承太郎たちなのは間違いありません。でもアブサロムが戦っていた相手は、本当に承太郎たちだけだったのでしょうか。アブサロムは砂漠で彷徨う承太郎たちを列車に乗せて手を差し伸べたかのように見せかけ、殺害を試みていましたが、その行動の理由について「ただ殺すのではつまらない」と述べた上で次のように続けています。
「きさまらはもっと苦しむべきなのだ!(中略)希望を絶望にかえ、より苛酷な、その重罪にふさわしい死にざまをあたえるために。きさまら文明人は、苦しんで苦しんで苦しみぬいて、身も心もボロ雑巾のようになりはてて死ぬべきなのだ!」
荒木飛呂彦, 関島 眞頼, 山口 宏(1993年)『ジョジョの奇妙な冒険』集英社(70-71頁)
これ全部アブサロム自身の心の傷なんですよね~…夢見ていた文明が絶望に変わったことも、家族と居場所をなくして心身憔悴したのもアブサロムが経験したことでね。他にもジョセフの目の前で承太郎を轢き殺そうとしたりと、まるで両親を亡くした列車事故の悲惨さを経験させたいかのような行動をとっていました。
一連の言動について承太郎が「俺たち文明人への八つ当たりなんていい迷惑」と話していたとおり、アブサロムはきっとやり場のない悲しみや怒りを承太郎たちにぶつけていたんですよね~…文明への憧れすら知らず、便利で先進的な生活をする人間への怒りや羨望など、色々な気持ちが混じっているんだろうな~…
それでもやっぱり文明を嫌いになれなかったからこそ、列車のスタンドが発現した訳でね…とすればアブサロムの最も根底にあるのは文明や文明人への恨みではなく、両親が他界して妹の声が失われた悲しみや、村人の声に耳を傾けなかった後悔など、もっとシンプルな気持ちなんじゃないかな…
しかもアブサロムは善悪の区別をつけられる人間のはずです。ポルナレフの落とし物を届けてくれようとした村人の少年をスタンドで跳ね、承太郎に「両親にやられたことを仲間にやるなんて」とブチギレられたシーンでは動揺しまくっていたからな~!それでも少年を攻撃したのは、あえて自分をダークサイドに堕として、DIOの部下以外の生きる道をなくして追い詰めるためだったのかもしれません。なお落とし物の内容は(以下略。笑っちゃうからぜひ読んで…!)
あとは妹の声を直してもらえるという希望を胸に、DIOを崇拝していると自分に無理矢理暗示をかけながら戦っているとかね。それが伺えるのがこの台詞でした。
「いいか、よく聞け、ミカル! 俺たちはもう、砂漠とも文明世界とも和解できん。地上のどこにも俺たちの安住の地はない。ディオ様のお造りになられる新たな第三世界以外に、俺たちが生きていける場所はないんだ。ならば、ここでやつらを斃し、ディオ様への忠誠をお見せしなければ、おれたちにはもう未来はない……」
荒木飛呂彦, 関島 眞頼, 山口 宏(1993年)『ジョジョの奇妙な冒険』集英社(147頁)
どこにも居場所がなく、DIOが支配する世界で生きるために忠誠を見せないと…とのこと。やっぱりアブサロムはDIOを盲信しているのではなく、居場所が欲しいがために忠誠を誓っているだけなんですよね~!ミカルもアヴドゥルに「戦いに乗り気ではなさそう」と指摘されていましたが、蜃気楼を見ていた頃のように兄弟で幸せに暮らせればそれだけで良かったのかもな…
だからアブサロムたちが戦っていたのは物理的には承太郎たちですが、最大の難関は心の中の葛藤だったのではないでしょうか。両親を奪われても文明を嫌いになりきれない、人殺しをしたい訳ではないがせざるを得ない、愛するミカルも戦いに参加させるしかない…など様々な矛盾がアブサロムの敵なのかもしれません。
ちなみにアブサロム、ミカルはともに聖書に登場する人物の名前でもあります。アブサロムはイスラエルのダビデ王の三男でダビデ王に反乱を起こして殺害された人物、ミカルはサウル王の次女でダビデ王の妻となる人物です。こんなキリスト教ネタもなんかジョジョっぽいよね。
2. エジプトや歴史の元ネタだらけの「熱き砂の墓標」
2本目「熱き砂の墓標」はカイロ市内でのお話。プタハ神の啓示を受けたスタンド使いの書記アニと戦います。アニは古代エジプトの遺跡から発掘された書物「創世の書」に記録された歴史を呼び出し、具現化することができる能力を持っていました。なんかちょっとThe Bookっぽい。
この書記アニは古代エジプトと様々な関係があるキャラクターのようで…例えばプタハ神とはエジプトの古代首都メンフィス(現在のカイロ市内南部)の創世神で、プタハの心臓から出現する思考と、舌からの言葉で世界が現れたとも考えられている神様です。
またアニという名の書記官も実在したそう。アニは新王国時代の書記と名乗っていましたが、古代エジプトのアニもこの時代に活躍していた人物で、墓には「アニのパピルス」と呼ばれる死者の書が納められていました。「創世の書」というタイトルは、創世神プタハと死者の書をミックスした名前っぽいですよね~!
で、死者の書とはパピルスの巻物で、死者が冥界を通過するための呪文や冥界での審判の様子などが描かれています。こちらがその一部分で左下に描かれているのが、審判を受けに来たアニ夫妻ね。
By Photographed by the British Museum; original artist unknown - Eternal Egypt: Masterworks of Ancient Art from the British Museum by Edna R. Russmann, Public Domain, Link
ただし古代エジプトのアニが活躍したのはテーベ(現在のルクソール)なので、今回の舞台であるカイロとは別の場所になります。アニと最初に出くわしたアド・ダルブ・アル・アフーマル地区は、アヴドゥルの仕事場であるハン・ハリーリ市場の南側で、こちらもプタハ神が崇められたメンフィスとは異なるようです。
アニは「バァの秘法」により、歴史を具現化できるとも話していましたが、バァとは人間の魂にあたるもののこと。人間の頭に鳥の体の姿で描かれ、先程のアニの死者の書では天秤の左上に見ることができます。古代エジプトでは人間はバァ(魂)やカー(生命力)など5つの構成要素を持ち、死後に復活するためにはカーとバァが再度結びつく必要があるとされていたので、「バァの秘法」は魂の復活の魔法的な意味で名づけられたんでしょうね~!
そして「創世の書」の発見者にも注目してみると…1908年にイギリスの探検家E・スティーブンソンが見つけたとのことでしたが、スティーブンソンのモデルはイギリスの考古学者ハワード・カーターじゃないかな~…1922年にツタンカーメンの墓を発見した人物になります。両者の共通点はイギリス出身というのはもちろんですが、アニが「創世の書」を使うシーンを見てみると…
荒木飛呂彦, 関島 眞頼, 山口 宏(1993年)『ジョジョの奇妙な冒険』集英社(214頁)
表紙に書かれているのは、ツタンカーメンの即位名「ネブケペルウラー」を表すカルトゥーシュなんですよね~!ツタンカーメンとも関わりが深いというところで、やっぱりハワード・カーターが元ネタっぽいよな~…「創世の書」はツタンカーメンの墓のある王家の谷近くから発掘されたという設定だったし…
ところで途中で承太郎がハスの花の香水を売りつけられたシーンがありました。実際のエジプトの香水店でも蓮の花の香水がよく売られていますが、蓮はエジプトの国花であり、古代エジプトでは花の形、朝から夕方まで開花する習性から太陽神の象徴と考えられていたそうです。そしてアニのスタンドであるプタハ神の息子は、蓮を意味する名を持つネフェルテム。蓮の香水の登場はエジプトの名品なのはもちろん、プタハ神の親子関係も参考にされていたりして…
「創世の書」で具現化された歴史の元ネタ
なんだか古代エジプトネタが散見されそうな「熱き砂の墓標」ですが、ここからは「創世の書」で蘇らせた敵についても見ていきます。
最初に登場したのは紀元前30年古代ローマ帝国時代の戦闘戦車。4頭の馬が四角形の馬車を引いていましたが、ローマ帝国時代のクアドリガと呼ばれる戦車のことを指していると思われます。
The Metropolitan Museum of Art,"Terracotta neck-amphora (jar) with lid and knob (27.16)"
こちらは古代ギリシアの作品ですが、イメージ的にはこんな感じじゃないかな…ポルナレフがチャリオッツじゃん!と驚いていましたが、形としてはジョセフとワムウの一戦での戦車にも近いのではないでしょうか。
次に現れたのが、1166年にナイル河口に到着した十字軍を中心とするエルサレム軍。十字軍がエジプトに侵攻した時の軍隊で、作中では西洋の鎧を纏って大ぶりの盾を持っていたと書かれていました。ちょっと時代は違いますが、こんな感じの外見ではないでしょうか。中央の馬に乗った人たちね。
By Eugène Delacroix - The Yorck Project (2002) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., Public Domain, Link
お次はスフィンクス。アヴドゥルがギザのピラミッドの横にあるアレですよ!と説明していました。本物はあの有名なこれね。
こんなのが襲ってきたら怖いやん…ちなみにアニは「謎かけに答えられない者を自らの血肉にするという」と説明していましたが、スフィンクスの有名なクイズの話はエジプトではなく、ギリシャ神話内に登場します。だからエジプトとギリシア神話が融合したようなイメージかな…
次に実体化されたのは古代エジプトの木造船。船上から一斉に矢が放たれていました。モデルは恐らく「太陽の船」と呼ばれるクフ王のピラミッド付近で発見された木造船。冥界で太陽神ラーを運ぶ船に似ていることから、この名前で呼ばれています。
By Olaf Tausch - Own work, CC BY 3.0, Link
「前後の舳先と艫が大きく反り上がっている」と描写されていましたが、「太陽の船」も船首と船尾のカーブが特徴的なデザインです。
お次は紀元前1300年頃のラムセス朝時代に建設されたという、ルクソール地方にあるパネジェムの巨像。こちらはカルナック神殿のパネジェム1世の像のことだと思われます。
この巨像がジョセフにパンチを繰り出していました。怖っ…
次は大剣を持ったローマ軍の兵士と、ローマ帝国軍と戦ったアントニウス連合軍の弓兵部隊が順番に登場します。こちらはローマ帝国の支配権を巡った戦いである、紀元前31年のアクティウムの海戦でのローマ帝国軍と、アントニウス、クレオパトラの連合軍のことかな~…荒木先生の挿絵が描かれているシーンでしたが、後の時代の絵画ではこのように描かれています。
By Laureys a Castro - http://collections.rmg.co.uk/collections/objects/11743.html, Public Domain, Link
弓や剣を構える兵士がたくさんいますね~!これと戦うの、イヤだよな~!
ところでアニは戦闘中に何度か「死後は42人の冥界の門の裁判官に裁かれる」と口にしていましたが、冥界では復活に向けて虚偽や盗み、短気や口論など42の神々に罪を犯していないことを告白する必要があると古代エジプトでは考えられていました。この否定告白が終わると、天秤で心臓の重さを計測され、最後の審判が下されます。
計測時に登場するのが、アニが最後に召還した伝説の神獣アメミット。死者の書に登場し、罪人と認定された人間の心臓を食べてしまいます。中央右側にいるワニのような頭の生き物ね。可愛い。
フネフェル - http://www.britishmuseum.org/explore/highlights/highlight_objects/aes/p/page_from_the_book_of_the_dead.aspx, https://www.webcitation.org/63ZdUemZU, パブリック・ドメイン, リンクによる
作中で「アメミットに心臓を食べられると存在自体がこの世から消滅する」と説明されていたとおり、審判では生前の行いの正しさを判定するために心臓とマアトの羽を天秤に乗せて計量し、心臓の方が重い時にはアメミットが食べてしまい、死者の魂は消滅すると考えられていました。ちなみにアメミットの左側に2体はアヌビス神、右にはトト神とジョジョに関係する神々が描かれています。見た目がなんか可愛いよね…
3. 3部小説版『ジョジョの奇妙な冒険』でその他印象的だったこと
最後にその他印象的だった設定をまとめてみました。
・ポルナレフ、3オクターブの美声の持ち主だった。その歌声で女の子を泣かせていたとか…
・ジョセフ、椎間板ヘルニアをやらかしていたらしい。
・「エメラルドスプラーッシュ!」スプラッシュゥゥゥゥゥッ!じゃないのがこれまた新鮮…
・羊肉がちょっと苦手な承太郎。ジビエ系は得意じゃなかったりして
・ロレックスのパチモンを1秒で見分けられるジジイ。地味にすごい
・聴覚100倍!ハイエロマン!
・スタンドで会話すると、数分の内容を一瞬で話し終えられるらしい。便利~!
・ジジイ、エジプトに詳しすぎる超知識人だった。
・またポルナレフを救うアヴドゥル。アンタ何回目よ???
みんな元々のキャラ設定が生かされていていいですよね~!原作にはない面白い設定がスピンオフの醍醐味よ…
まとめ:3部小説版『ジョジョの奇妙な冒険』はジョジョらしいバトルと歴史的な元ネタが面白い
3部小説版『ジョジョの奇妙な冒険』についてレビューしてみました。
スタンドバトルとしての読み応えはもちろん、キャラクターや舞台設定も楽しいこの小説。「熱き砂の墓標」は歴史を基にした設定が数多く見られ、元ネタを想像しながら読むのも面白いのではないでしょうか。
しかし3部って原作も小説版も今から30年前の作品なんですよね~…にも関わらず、今読んでも承太郎たちの旅がみずみずしく蘇るというか…あらためて3部の面白さを実感できる作品の気がします。未だに人気があるのも納得。
参考文献
河江肖剰(2023)『神秘のミステリー! 文明の謎に迫る 古代エジプトの教科書』ナツメ社
3部の記事はこんなのもあります~