映画「岸辺露伴ルーヴルへ行く」の美術ネタやストーリーを考察してみた

ジョジョコラム

ジョジョの奇妙な冒険のスピンオフで、原作から映画化までを遂げた「岸辺露伴ルーヴルへ行く」。岸辺露伴が「黒い絵」を探しに、ルーヴル美術館にまで足を運ぶ話です。

原作にはないシーンの追加やオリジナル設定など、映画ならではの魅力があるこの作品ですが、今回はストーリーや美術の元ネタを考察してみました。パンフレット未入手なので制作側の意図と相違がある可能性もありますが、いち映画鑑賞者の考察として大らかに見ていただけたらな~と思います。


※ネタバレだらけです。

1. 「岸辺露伴ルーヴルへ行く」のストーリーの考察

最初はストーリーについての考察です。ここでは主にエマ・野口、泉京香、奈々瀬の人物描写について見ていきます。

エマ・野口と泉京香の人物描写の面白さ

まずはエマ・野口と泉京香の人物描写について、両者の関係性とキャラクターの描写に注目してみます。

さて初対面時からエマと京香は関係が良好だった訳ではありません。京香の世間話に笑顔を見せず、そっけない態度のエマ。でもこれ、きっと息子を亡くした直後だったんでしょうね~…「露伴のアテンドは君以外に任せられない」と言われるほど仕事ができる人のはずがその予定を忘れたりと、上司に心配されるほど心が乱れていたみたいだし…

しかも京香に「パリは子供までお洒落ですね~!」なんて言われたら…子供を亡くした親としては、かなり心に来るものがあったはずです。

そんなエマですがZー13倉庫から脱出後に、息子を思いながら京香に抱き着いて涙を流す姿を見せました。それは幻覚でも息子に出会ったことで、哀情、後悔や懺悔など様々な感情があふれ出たのはもちろん、京香も故人の父の思い出を持ってルーヴル美術館を訪ねてきたと理解したからではないでしょうか。大事な人を亡くした寂しさを抱えた者同士、共感するものがあったからこそ、京香に体を預けられたのかもしれません。

またエマが2人を出迎えてアテンドする様子や京香の父のエピソードが描かれることで、京香が明るいだけの女性ではないことも表現されていました。亡き父への思い出を抱えて渡仏しており、「パリの子供はお洒落」はただの無邪気な一言なのではなく、父が訪れたパリの地を踏みしめたことへの喜びや高揚感によるものあることが伝わります。元気な京香ちゃんにも色々あるのね~…とキャラクターの深みが感じられるシーンではないでしょうか。

このようにエマと京香は表向きな態度の裏に秘められたエピソードが描かれることで、両者の人物像が際立っていたように思います。そしてエマと京香は愛した家族を失う寂しさを知った者同士だからこそ、関係を深められたのかもしれません。

原作の美術やストーリーの元ネタなどについては、こちらにまとめています。

「岸辺露伴ルーヴルへ行く」の美術の元ネタを考察してみた
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「黒い絵」の被害を受けなかった京香と億泰との関係

次は「黒い絵」と京香の関係から、もう少しキャラクター像に迫ってみます。「黒い絵」を目にしていたにも関わらず、ダメージを受けなかった京香。露伴先生もびっくりだった訳ですが、それは京香および血族に罪や後悔がなかったからこそのはずです。きっと先祖代々ピュアなんだな…

で、ピュアで後悔なく生きていると聞いて、なぜか思い浮かぶのが億泰なんですよね~。形兆が死んでも「救えなかった」ではなく「ああなって当然」と割り切ったり、変わり果ててしまった父親に怒ったり殺そうとするどころか、街に連れ出してるくらいだからな~!物事を複雑に考えない純粋さゆえに前を向けるメンタルの強さは、なんだか京香と似た香りがします。

また京香は劇中で露伴に対し「モナリザに似ていますね~」なんて発言していましたが、こちらは原作では億泰の台詞に当たります。やっぱり京香は億泰的なイメージが含まれたキャラクターなのかも…

真偽のほどは不明ですが、京香を見ていると不思議と頭に浮かぶ億泰の影。露伴先生と億泰も、名コンビになれる可能性を秘めていたりして…!?

億泰については、こちらでも考察しています~!

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奈々瀬はなぜ露伴の原稿を傷つけたのか

最後に奈々瀬が露伴の原稿を傷つけた理由を整理してみます。露伴が奈々瀬をモデルにした原稿には、黒い髪が印象的な女性像が描かれていました。

この時の奈々瀬には、自分の髪に惹かれて黒色に憑りつかれ、悲劇的な人生を歩んだ仁左右衛門の姿が思い浮かんだはず。そして黒い樹液を渡してしまったことを後悔している奈々瀬にとって、自分の髪を描いた絵にいい思い出がないのはもちろん、血族にあたる露伴には同じ末路を辿って欲しくないはずです。ましてや露伴も仁左右衛門も高橋一生さんが演じていたので、青年期とはいえ露伴にはどこか夫の面影を感じただろうし…

しかも映画版の原稿を見せたシーンでは「まだ納得できる黒にはなっていないけど」という露伴の台詞が追加されており、奈々瀬の髪の色にこだわっていたことが明らかにされました。そりゃ~~~奈々瀬にしてみればやめてくれよ…となるはず。

このように奈々瀬は露伴に仁左右衛門と同じ道を歩ませないために、原稿に傷をつけたと考えられそうです。そしてその後の「許して」という懺悔の台詞は、漫画家を目指す少年にとって大事な原稿を、説明なしに荒業で台無しにしたことによるものではないでしょうか。

でも片思いの人にこれやられたら、相当応えるよな…露伴先生、元気出して…

露伴先生の恋愛の話は、こちらもどうぞ~!

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2. 「岸辺露伴ルーヴルへ行く」の美術ネタについて

次は映画に登場する美術のネタについてです。ここではモリス・ルグラン、山村仁左右衛門の描いた絵、ルーヴル美術館のルールについて見ていきます。

モリス・ルグランとンハン・ファン・メーヘレンの関係

まずはモリス・ルグランとハン・ファン・メーヘレンの関係についてです。

さてルグランは画家としては売れなかかったものの、模写の腕を評価されており、フェルメールの贋作を制作しました。これにそっくりなのがハン・ファン・メーヘレンフェルメールの贋作を作り、新作として売却したことで有名な人物です。

メーヘレンが手掛けたフェルメールの贋作は10枚以上。その技量は専門家をも欺くほどで、美術館が買い上げた作品もありました。しかし1945年に贋作の1枚「姦通の女」がナチスに渡った経緯を調査する過程で、贋作を制作したことを自ら告白。その後は贋作制作ではなく、フェルメールのサインの偽造の罪に問われています。

フェルメールの贋作制作、専門家を騙す、という点でそっくりのルグランとメーヘレン。既成の作品の模倣品を作り出すこと、存在しない作品を贋作として新たに制作することに違いはあるものの、なんだかオマージュ的なキャラクターっぽいですよね~!

そして劇中では「新作が発見されれば大ニュース」なんて話が出ていた通り、フェルメールは確認されている現存数が非常に少ない画家です。だから今回の件が公に発表されれば、美術界的にはかなり盛り上がるはず。しかも真贋判定に関わっていたのが露伴先生だしな~!こんなニュース面白すぎるやん!

ちなみに劇中で登場したフェルメールの作品に描かれていたのは、女性と手紙後ろの壁に絵画左から光が当たる構図でした。これらは現存するフェルメールの作品でよく登場する要素になります。こんなのとか。

それにしても露伴先生のキャラクターは強いですよね~!露伴先生に真贋判定されると言われると「まあ露伴先生が言うなら…」と思えてしまう不思議。でも名探偵コナンでも名探偵として紹介されていたし…謎の推理力あるんだよな~

フェルメールが6部にも出てきたよ!という話はこちら。

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山村仁左右衛門が描いた絵と蘭画の関係

次に山村仁左右衛門が手掛けたこの絵画についてです。「江戸遊学の際に見た蘭画の真似事」として描いたと発言していました。


渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2023年)『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(映画). アスミック・エース.

このモデルになったのかな~と思われるのが、小田野直武の「不忍池」。「解体新書」の挿絵として有名な画家による作品です。


Odano Naotake(1750-1780),Samurai Artist of Akita ranga - 秋田県立近代美術館〈The Akita Museum of Modern Art〉, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2428063による

空気遠近法を使いながら右側の近景には花を配置しているなど、構図が似ています。仁左右衛門も花の位置はもちろん、奈々瀬に遠景の山を指で指しながら語りかけていたシーンを見るに、遠近法はかなり意識的に使っていたはずです。

また陰影のつけ方は司馬江漢のような画風の印象でした。


By Shiba Kôkan - Catalogue, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=18910302

柔らかでもしっかりと遠近感が感じられる影が似ています。つまり山村仁左右衛門の蘭画風の作品は、主に小田野直武と司馬江漢を参考に製作されていると考えられそうです。

で、奈々瀬が「良いとは思えない」と述べていたように、仁左右衛門のこの画風は、当時かなり異質なものに見えたはず。そもそも蘭画とは1773年より秋田県の武士たちが西洋風に描いた絵画のことであり、江戸でも最新の絵画技術だった訳で…新進気鋭すぎて受け入れきれず、奈々瀬のような感想を持ったり、父が猛反発した気持ちもわかる気がします。

そして1773年という年は、2023年のちょうど250年前。露伴が「黒い絵」について「今から250年ほど前に…」と述べていたことから、仁左右衛門が蘭画を見た年から「黒い絵」の制作まではかなり短期間で行われていたことも推測できるのではないでしょうか。その間には実家と縁を切ったり戻したり、御神木の樹液の件でひと悶着あったり…仁左右衛門の晩年、忙しすぎる。

このように蘭画の作品や歴史と比較することで、仁左右衛門の絵の元ネタや低評価の理由を探ることができそうです。それにしても様々な絵画技術に興味を持ち、時間がある時は絵を描くなど、仁左右衛門は本当に絵のプロですよね~!露伴が漫画に没頭するように、この人もまた絵に憑りつかれた人だよな~!

ジョジョと江戸時代の美術については、こんな記事でも触れました~

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ルーヴル美術館における模写のルール

そしてルーヴル美術館の模写のルールについても見てみます。劇中ではルーヴル美術館内での模写について「模写は展示されている作品に限る」「20%のサイズ変更が要求される」と述べられていました。面白いルールだな~と思ったので、ルーヴル美術館の模写の規定(こちらのVISITOR REGULATIONSのPDFより)を調べてみると…

・模写にはルーヴル美術館館長の許可が必要
・許可証は模写の担当部署に提出すること
・紙または厚紙に鉛筆で描くこと
・サイズは50×40cmを超えないこと
・他の鑑賞者の鑑賞の妨げにならないこと

20%ルールないやん。もしや映画オリジナルルールか?

…と思っていたら、こちらの記事にルーヴル美術館における模写の歴史やルールが記されていました。現在はこんな規定があるそうな。

・模写ができるのは最大250人まで。それ以上の人数の希望がある時は順番待ちのリストに名前を載せて待つことに
・模写可能な時間は最大3か月
・完成後はルーヴル美術館の規定に準拠しているか作品を精査(サイズはオリジナルより20%以上大きさを変更すること、模写に使った作品の作者ではなく現代の作者名の署名が入っていること、など)
・精査後は作品の裏にスタンプを押されること
・模写した作品を持って係員と共に美術館の外に出ること

20%ルールあった!!!!他のルールも厳しいですね~!まあそりゃそうだよな…

贋作対策、他の来訪者への配慮、作品へのリスペクトなど様々な意図が感じられるこれらのルール。こういうのを探ってみるのもけっこう面白いですよね~!

ジョジョに登場する美術系の建物と元ネタについては、こちらもどうぞ~!

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3. 映画版「岸辺露伴ルーヴルへ行く」で気になったその他のシーン

最後に映画版で気になったシーンなどをまとめてみました。

まず映画版と原作の比較すると、話のスピード感、全て描き切らないからこその謎に包まれた恐怖は、原作に軍配が挙がるように思います。あとは荒木先生の画風だからこその迫力とかね~!

一方で映画版では、京香がルーヴル美術館へ同行したり、人物の心情描写や過去がより細かく描かれているなど、オリジナル設定に魅力があるのではないでしょうか。京香ちゃんが「黒い絵」が効かないのも地味に面白いし…奈々瀬が露伴の原稿に激高した理由など、要所が丁寧に説明されていたのも印象的です。

その他にも面白い小ネタ(?)が転がっていた映画版。気になったところを、以下に羅列してみました。

 

・ヘブンズ・ドアーで見られる、故買屋の骨董愛が熱い。「ジジイ」「渋すぎる」と言われてもやっぱりいいんだよね的なことが書いてある。他にも故買屋をやめたがっていたり…面白いからぜひ一時停止して見て欲しい…!

・故買品を回しているのが吉良商会。吉良さんこんなところに!しかも社長については「横顔を見たことがある気がするけど忘れた」「正体は誰もよく分かっておらず、長身の白髪老紳士、脂ぎった小太りなどと言われている」とのこと。TG大学病院のあの人か?

・CRIMSON'Sとかいうクリスティーズのオマージュっぽいオークション会社。こういう小ネタ、なんか好き。

・露伴先生、気の強そうな女性に振り回されがち。奈々瀬には巻き込まれるわ、婆ちゃんには高笑いされるわ、京香ちゃんにはいつも通りのあの感じです。

【超朗報】白石加代子さん、原作通りの婆ちゃんすぎる。

・「先生ってちょっとモナリザに似てません?」と言われた露伴先生、現地でスッとモナリザの前に立っちゃう。比べてくれと言わんばかりのサービスショット。

・露伴先生、美術品倉庫でナイフポイーッ!先人に敬意を…とか言っていたのにこれである。

・小さい丸サングラスがやたら似合う岸辺一族。特に見た目がファンキーになる婆ちゃん。クレジット的にJINSっぽいですよね~!

・なんだかんだで京香ちゃんを守ってくれる優しい露伴先生。でも最後はいつものドアバーン!そして「もーぉっ!」で終わるお約束。

 

などなど…地味に面白いシーンが挟んであるんだよな~!

あとね、オークション会場のロケ地のホテルニューグランドのシーフードドリア、めちゃくちゃ美味しいです。ちょっとお高いけど、海鮮の宝石箱や~!ってくらいエビや貝柱が入ってる。ぜひ一度食べてみて…!

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まとめ:映画版「岸辺露伴ルーヴルへ行く」の面白さは美術ネタや詳細な描写にあり!?

映画版「岸辺露伴ルーヴルへ行く」について考察してみました。

オリジナルの人物描写から細かな美術ネタまで、原作とはまた違った見どころのある作品でした。原作では謎のまま幕切れとなった部分が解明されていたりと、原作と比べながら見ると面白いかな~という気がします。

また露伴が単独で事件に挑んだことでミステリー感が強くストイックな印象だった原作に対し、映画は京香ちゃんが同行したことで華やかさが増していたように思います。ギャグっぽいシーンも増えていたりとかね。なんせ「黒い絵」が効かないほどの明るさを持ってるからな。そこら辺のスタンド使いより精神力が強いんだよな~!

参考文献
フランク・ウイン. フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件. ‎ 筑摩書房. 2014.
The Connexion 「Art: France’s long history of copying Old Masters at the Louvre」よりhttps://www.connexionfrance.com/article/Mag/Culture/Art-France-s-long-history-of-copying-Old-Masters-at-the-Louvre(2023
年10月4日確認)

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