ジョジョの奇妙な冒険のスピンオフ作品の映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(以下『懺悔室』)。ヴェネツィアを舞台に撮影された作品でした。
ロケ地については公式サイトにも公開されていますが、今回は聖地巡礼できる名所についての歴史やジョジョとの作品の関連も含めて、まとめて解説してみました。
映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』の考察はこちら

原作『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の元ネタいろいろ

映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の美術ネタいろいろ

- 露伴が仮面を見つけた「マルコ・ポーロ要塞」
- 露伴が歩いた「サン・マルコ広場」
- 映画のメインビジュアル「サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂」
- マリアの勤務地「アトリエ・マレガ」
- 田宮がいた墓所、露伴が懺悔室を出た後のシーンの「サン・ミケーレ島」
- 懺悔室があった「サン・ロッコ教会」「サン・ロッコ大信徒会館」
- 水尾が働いていた「旧グリエルモ・ペーぺ兵舎」
- ポップコーン対決をした「サン・ボルド広場」
- マリアの家「カ・ダ・モスト」
- 露伴と京香が入ったカフェ「ラ・ボッティリーア」
- 露伴たちがオペラを鑑賞した「バルバリーゴ・ミノット宮」
- 露伴が田宮の雇った殺し屋と対峙した「リアルト市場」
- オペラ鑑賞翌朝の「アッカデーミア橋」
- 露伴と田宮が出会う「サン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ広場」
- ラストシーンの「プンタ・デッラ・ドガーナ」
- まとめ:映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』の聖地巡礼できる名所がたくさん!
露伴が仮面を見つけた「マルコ・ポーロ要塞」
映画の最初に露伴がペスト医師の仮面を見つけたのは、ペッレストリナ島の「マルコ・ポーロ要塞」でした。公式サイトにも説明がありますが、19世紀にオーストリアが建設した要塞です。第二次世界大戦中にも使われ、現在も砲台跡などを見ることができます。露伴が歩いていたここが砲台跡じゃないかな…
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
ヴェネツィアに要塞…?と聞くと意外な気もしますが、そもそもヴェネツィアを首都としたヴェネツィア共和国の領土や交易ルートを守るために、防壁などを築いた要塞都市の歴史を持っています。当時は現在のクロアチア、モンテネグロにも要塞が築かれており、世界遺産にも登録されています。

露伴が歩いた「サン・マルコ広場」
空港にいる京香との電話が切れた後に露伴が歩くシーンでは、建物が2つ見えていました。
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
こちらはサン・マルコ広場(この場所だけピンポイントに「サン・マルコ小広場」と呼ばれることも)で、左はサン・マルコ寺院、右はドゥカーレ宮殿です。場所的にはこのあたりかな。
サン・マルコ寺院はヴェネツィアの商人が9世紀にエジプトから運んだ聖マルコの遺体を安置するために建設され、何度も改修が重ねられました。2部ではリサリサ先生をスリが襲おうとしていた場所です。
ドゥカーレ宮殿はヴェネツィア共和国総督の政庁として8世紀に建設されました。数回の火災により再建が重ねられ、現在の姿は16世紀のもの。豪華な室内ではティントレットやヴェロネーゼの絵画作品を見ることもできます。ここから向かって右にはOA-DISCの隠し場所の目印となったサン・マルコの獅子のレプリカ像が…!本物はこのドゥカーレ宮殿に保管されています。

映画のメインビジュアル「サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂」
田宮とすれ違った後に通り過ぎたのは「サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂」。映画のメインビジュアルにも登場した建物で、13世紀末から15世紀半ばにかけて建設されたゴシック様式の教会です。バラ窓(入口上の丸い窓ね)が印象的ですよね~!
歴代ドージェ(国家元首のこと)の墓や記念碑があり、ベッリーニによるステンドグラスの祭壇画、ヴェロネーゼの『受胎告知』など美術作品も見ることができます。正面のゴシック・ルネサンス様式の大理石製の大扉はバルトロメオ・ボンの作品で、未完成なのだとか。
バラ窓はプッチの回想シーンの教会でも登場しましたね…!

マリアの勤務地「アトリエ・マレガ」
マリアが働いていたのは仮面工房の「アトリエ・マレガ」。ヴェネツィアではカーニバルで被るための仮面作りが行われており、こちらも手作りの仮面を販売しているお店になります。現在もヴェネツィアには100件以上の仮面店があるそうです。現地はこんな感じ。
店内に色々な仮面が見えます。見ているだけでも楽しそう…!
ここでヴェネツィアの仮面の歴史について少しだけ…11世紀より始まったとされるカーニバルでは、仮面により素性を隠し、身分や年齢に関係なく楽しむためにかぶっていました。映画でもくちばしの中に薬を詰めてペスト患者を治療したという鳥のような医者の仮面や、マリアの紅白の仮面、田宮の白と金の仮面などのデザインが登場していましたね~!これらのような顔をすべて覆う仮面のほか、目だけを覆うタイプなど色々なスタイルがあります。
人間をやめるために仮面をかぶった人の話

田宮がいた墓所、露伴が懺悔室を出た後のシーンの「サン・ミケーレ島」
露伴が田宮を見かけた墓所があるのは、ベネツィア北部のサン・ミケーレ島。サン・ミケーレ島は、19世紀初頭からベネツィア市民の共同墓地がある場所です。
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
ストラヴィンスキーなど有名人の墓もこの島にあります。現地の写真が少ないので正確なロケ地までは特定できませんが、上空写真を見ても、島内には露伴がいた場所のようにレンガ造りの壁の中に墓という場所が数か所あるようです。
By Anton Nosik - https://picasaweb.google.com/lh/photo/zw3ClQOqUXowiPNa7JtsDNMTjNZETYmyPJy0liipFm0, CC BY 3.0, Link
島内には宗派によって区分けされたエリアもあるのだそう。車や自転車の通行が禁止されているヴェネツィアでは、タクシーや救急車などにも船が使われていますが、棺も水上ボートでこの島まで運ばれるのだとか。
懺悔室を出た露伴が走っていた場所は、サン・ミケーレ島のサン・ミケーレ・イニーゾラ教会です。
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
柱が並んでいるのが印象的でしたが、実際はこのような雰囲気(Google Map)になります。

懺悔室があった「サン・ロッコ教会」「サン・ロッコ大信徒会館」
懺悔室の場所と、おとりの結婚式の会場は「サン・ロッコ教会」。ペストに対する守護聖人の聖ロッコを祀るために、15世紀に建てられました。教会内には聖ロッコの聖遺体が納められています。
By Didier Descouens - Own work, CC BY-SA 4.0, Link
教会で発砲事件なんてよく撮影許可もらえたよな…
教会のお隣にあるのが「サン・ロッコ大信徒会館」で、結婚式のシーンは2階の大広間で撮影されています。天井にはティントレットの作品が21点も!
By Didier Descouens - Own work, CC BY-SA 4.0, Link
ところで建物名には「大同信」という聞き慣れない名前が使われていますが、こちらは「大同信組合」に由来する名前で、聖母や聖人の信者のグループのことを指します。ヴェネツィアでは中世~18世紀末に活動しており、慈善活動を行うほか、本部として豪華な装飾を施した礼拝堂やサロンを作ったそうです。だからこんなに華やかな内部なんですね~!
ティントレットの作品はジョジョランズにも登場しました。荒木先生、お好きだったりして…!

水尾が働いていた「旧グリエルモ・ペーぺ兵舎」
水尾がソトバと出会った勤務地、京香ちゃんがロレンツォと出会った場所はリド島の「旧グリエルモ・ペーぺ兵舎」。ヴェネツィア本島を守るための天然の要塞でもあったリド島に、16世紀に建てられた旧軍の兵舎です。19世紀に廃墟となるも、現在は周辺の建物を含めての利用、再建が進められています。あまり写真がないのですが、こんな感じの場所(外部サイト)ね。
建物内でのシーンで印象的だったのがこちら。
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
後ろに映るのはOA-DISCでおなじみのサン・マルコの獅子。この翼のある獅子はヴェネツィアの守護聖人サン・マルコの象徴と考えられており、ヴェネツィア共和国時代の国旗にも描かれていました。
そんなリド島は砂浜の広がる高級リゾート地。ホテルのプライベートビーチが点在し、長期滞在する人が多いのだとか。ヴェネツィア映画祭では会場としても使われる場所です。

ポップコーン対決をした「サン・ボルド広場」
ポップコーン対決をした場所の橋には「PONTE S.BOLDO」の文字がありました。撮影地は「サン・ボルド広場」と「サン・ボルド橋」。公式サイトでは「ヴェネツィア独特の井戸がある」との記述がありますが、この形の井戸はスクアーロ、ティッツァーノ戦でも登場していますよね~!
ヴェネツィア島ではこのような井戸をいくつも見ることができますが、現在は使われていない井戸もあれば、今も水が出るものもあります。

マリアの家「カ・ダ・モスト」
お次はマリアの家ですが、これがね~~~~超難問でね~!あんなに豪華だったのに、なぜか公式サイトにロケ地が紹介されていないわ、いくら検索をかけてもあの豪華な部屋が出てこないわ…
でもこれ「カ・ダ・モスト」だと思うんですよね~…理由は「カ・ダ・モスト」で撮影したとプレスに発表していること、撮影で使われたのと同じ部屋にダ・モスト家の子孫モストさんが写る写真(外部サイト)が引っかかること、そしてカ・ダ・モストを訪れた人の写真(Xより)がロケ地の雰囲気と一致していることなどなど。ただ公式Xが「サン・ボルド広場近くの歴史ある宮殿」と説明していますが、そんなに近くないんだよな…遠くもないけど…
カ・ダ・モストは13世紀頃にダ・モスト家の所有となった建物。現在は一部がザ・ヴェニスヴェニス・ホテルとして使われているようです。
ところでマリアは「この家は所有者が次々と亡くなる呪われた家」と説明していましたが、元ネタと思われるのはヴェネツィアの「ダリオ宮」(Google Map)。持ち主が不幸に見舞われるという伝説のある館です。
ダリオといえばDIOパパ

露伴と京香が入ったカフェ「ラ・ボッティリーア」
露伴と京香が入ったカフェは「ラ・ボッティリーア」でした。実際の場所はこちら。
向かって右に露伴たちが座った席、左にチケットをくれたおじさんが渡った橋があります。奥には薬局の看板も見えていますね~!
露伴たちはオーダーミスで余った生ハムの料理をもらっていましたが、お店の店頭には生ハムがずらり!サンドイッチやワインも楽しめるお店のようです。公式Instagramの写真、めちゃおいしそう…!
生ハムといえばプロシュート兄貴

露伴たちがオペラを鑑賞した「バルバリーゴ・ミノット宮」
露伴たちがリゴレットを鑑賞した場所は「バルバリーゴ・ミノット宮」。元々は2つにわかれていた宮殿を1つにまとめ、オペラ劇場などとして使用されています。オペラはもちろん、ティエポロなどによる絵画作品や豪華な装飾も楽しめる宮殿です。
Di Alvise Nicoletti - Opera propria, CC BY-SA 3.0, Collegamento
オペラの演技や演奏は舞台ではなく観客と同じフロアで行われ、一幕ごとにホールを移動しながら鑑賞するユニークなスタイルです。観客との距離が近く、迫力がありそうですよね~!曜日ごとに演目が違うようで、2025年現在リゴレットが見られるのは金曜日。露伴先生、週末にかけての旅だったのね…!

露伴が田宮の雇った殺し屋と対峙した「リアルト市場」
露伴が田宮が雇った殺し屋と対峙したのは「リアルト市場」。野菜や果物、魚が並ぶ市場で、火~土曜日の朝から昼過ぎまで開いているそうです。
3人が対峙した場所は右に橋、ちょっと見にくいですが床には丸い穴がいくつも開いた床が印象的な場所でした。
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
こちらはこの真っ直ぐの通路で撮影されたんじゃないかな~!露伴たちはもう少し奥でやり合っていたイメージね。
ところで露伴はオペラの会場「バルバリーゴ・ミノット宮」から移動していましたが、徒歩では20分ほどかかる距離のようです。めっちゃ歩いてるやん。

オペラ鑑賞翌朝の「アッカデーミア橋」
オペラ鑑賞の翌日の場面転換のシーンは、アッカデーミア橋から撮影されたそうです。
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
これぞヴェネツィア!という雰囲気が感じられるよね…!アッカデーミア橋は大運河にかかる4本の大橋のうち、唯一の木製。芯には鉄が使われているそうです。橋を渡った先にあるのは「アカデミア美術館」。5部の「眠れる奴隷」に描かれていたミケランジェロの「ダビデ像」、7部で登場したダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」を所蔵しています。
場所的にはこの辺かな~!
右に見えるクーポラのある建物は「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」。ヴェネツィアは度重なるペストの流行で多くの市民が犠牲になった歴史があります。この協会はペスト終焉を聖母マリアに感謝するために建設され、サルーテ(salute)は「救済」の意味です。教会内ではティツィアーノの「聖マルコの諸聖人」やティントレットの「仮名の婚礼」などを見ることができます。
ティツィアーノといえば、京香ちゃんと船に乗ってきたロレンツォが、露伴とマリアを見て「神のツーショット」「ティツィアーノだってこんな絵は描けない」とはしゃいでいましたね~!本物の作品が気になる人はぜひ…!

露伴と田宮が出会う「サン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ広場」
マリアの結婚式前に露伴と田宮が出会った場所は「サン・フランチェスコ・デッラ・ヴィーニャ広場」。
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
本物はこんな感じ。中央にでっかい木もあるよ!

ラストシーンの「プンタ・デッラ・ドガーナ」
ラストシーンで露伴と京香が話していたのは「プンタ・デッラ・ドガーナ」。15世紀に船荷の荷揚げが行われた場所です。
渡辺一貴(監督). 荒木飛呂彦(原作).(2025年)『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(映画). アスミック・エース.
この真後ろには17世紀に建てられた税関関連の施設があり、2006年には安藤忠雄の設計でリノベーションされ、現在は現代アートを中心とした美術館として機能しています。
マップ上ではこんな感じ。左の電灯の下に2人は立っていました。
対岸の右にはディアボロが待っていたサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会、左にはリサリサ先生が現れた場所かもしれないゴンドラ乗り場があります。ヴェネツィアの南部を一望できるいいスポットでは…!?

まとめ:映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』の聖地巡礼できる名所がたくさん!
『懺悔室』の聖地巡礼できる名所をまとめてみました。ヴェネツィアを代表する名所はもちろん、リド島など隠れ名所のような場所も多い印象ではないでしょうか。
ヴェネツィアは2部、5部でも登場しているので、ジョジョ好きにはたまらない場所。あわせて巡ると楽しそうですよね~!イタリアは聖地巡礼がはかどるよな~!
露伴先生のあれこれ




参考文献
『岸辺露伴は動かない 懺悔室』「LOCATION MAP」https://kishiberohan-movie.asmik-ace.co.jp/map/(2025年10月3日確認)
地球の歩き方編集室(2019年)『地球の歩き方 ミラノ ヴェネツィアと湖水地方 2019~2020』ダイヤモンド・ビッグ社
TOKYO ART BEAT「あの美術館も舞台に?全編ヴェネチアロケの映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が5月に全国公開。荒木飛呂彦原作、高橋一生主演の人気シリーズ」https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/kishiberohan-movie-news-202501(2025年10月3日確認)
ANTONIA BEARD「The persistence of hearing 」https://www.antoniabeard.com/caserma-pepe-venice-18(2025年10月3日確認)
ISOLA DI SAN MICHELE「ISOLA DI SAN MICHELE」https://www.comune.venezia.it/sites/comune.venezia.it/files/immagini/Ambiente/Pieghevole%20mappa%20selezione%20tombe%20artistiche%20e%20personaggi%20illustri%20in%20sanmichele_cimitero%20di%20venezia.pdf(2025年10月3日確認)