ジョジョの奇妙な冒険5部に登場した、ディアボロ。強力なスタンド能力はもちろん、悲惨すぎる最期も印象的なキャラクターでした。
パッショーネでは禁じ手である麻薬に手を出したり、人を殺めたりと悪役らしさを持つディアボロですが、どこか共感できる…と思ってしまう人も多いのではないでしょうか。今回はなぜディアボロに共感してしまうのか、考察してみました。
1. ディアボロの孤独と絶頂
最初にディアボロの心の内について考えてみます。とっても心配性な性格のディアボロは、暗殺等のリスクを減らすために、姿を隠して組織を動かしていました。しかも自分を探ろうとする者を、殺してしまうほどの徹底ぶり…
そんなディアボロはどんな心理面を持つ人物なのでしょうか。今回は孤独と絶頂の面から考察してみました。
ディアボロの孤独
まずディアボロの孤独についてです。身を隠しているものの、部下からの信頼が伺えるディアボロ。娘の護衛を引き受けたブチャラティたちはもちろん、任務のために自分の身を犠牲にしたティツィアーノやカルネなども、ディアボロのことを強く慕っていたはずです。
そしてペリーコロさんも…
荒木飛呂彦(1997年)『ジョジョの奇妙な冒険』54巻 集英社(167頁)
ディアボロへの感謝の気持ちを述べて、命を絶ちました。ギャングという組織である以上、犠牲が出るのは仕方のないことです。ただペリーコロの自殺のように組織というより、ディアボロ個人を守るために死者が出ることがあるんですよよね~…
せっかく慕ってくれる人が周りにいるのに、自分の身を守ることを優先してしまうディアボロ。他人の命を大事に出来ず、自分のために利用してしまう辺り、仲間を信頼できないのかもしれません。切ない…
だからドッピオという絶対に裏切ることのない部下だけを信頼していたんでしょうね…可愛がり方もすごいしな…
荒木飛呂彦(1998年)『ジョジョの奇妙な冒険』58巻 集英社(181頁)
結局ディアボロが信じられるのは、自分だけだったのです。
なんだかちょっと可哀そうだなあ…と思わず思ってしまうディアボロ。でもそんな気持ちになる時もあるよね~…自分でやった方が早いし確実なんだよな…なんて思って人に仕事を任せられない時とか…嫌なことがあって他人を信じたくなくなる時とか…
このように考えると、ディアボロは人への不信感と孤独が表現されたキャラクターと言えそうです。でもその心の闇は、多少なりとも誰もが感じたことのある感情なのではないでしょうか。それこそが同情してしまう一因なのかもしれません。
ディアボロなどラスボスって孤独だよね…という話。
ディアボロはなぜ姿を隠すのか
ところでディアボロはなぜ姿を隠すのでしょうか。内部の裏切りや暗殺への警戒はもちろんですが、不安に陥りやすいディアボロのことです。姿を見せると仲間がついてこなくなるのでは…と外見への自信のなさもあるのかもしれません。
身長の高さからも見た目はかなり迫力のあるディアボロですが、ドッピオになると少年のような容姿に変わってしまいます。そんな姿をもし組織のメンバーの前でさらしてしまったら…大人しそうな上に風格もないことに、がっかりするメンバーがいても不思議ではありません。
ギャングという威厳も大事な職業だからこそ、外見にも気を遣う。心配性なディアボロなので、姿を隠していたのは外見で失望されないようにするためだったりして…でももしそうであるなら、その気持ちもわかる気がします…人は見かけが8割って言うもんね…
その一方で、毎度服装がド派手な承太郎先輩の話もあります
ディアボロが絶頂を求める理由
次にディアボロが絶頂を求める理由について考えてみます。ディアボロは「頂点」「絶頂」といった言葉を使って、自分がトップに君臨するべき、と要所で発言していました。
荒木飛呂彦(1998年)『ジョジョの奇妙な冒険』56巻 集英社(45頁)
自分しか信頼できないからこその、自己愛による発言であることは間違いないかと思います。
でもディアボロは組織で奮闘してきたからこそ、簡単に絶頂を終えたくないとも思っているのではないでしょうか。あれだけ心配性な人間が、度胸のいるギャングのボスにまでのし上がったのだもの…血のにじむような努力をしてきたはずです。そりゃ~「簡単に譲ってたまるか~い!」ってなるよね~!
さらに矢の取り合いの最中にはこんな発言も…
荒木飛呂彦(1999年)『ジョジョの奇妙な冒険』61巻 集英社(55頁)
ボスとしてのプライドがあるからこその発言です。自信満々だな~!と言いたいところですが、ディアボロは心配性…ということを考慮すると、まるで「自分は強い帝王なんだ」と言い聞かせているようにも聞こえません…?本当は自分で自分を鼓舞しないと、恐怖と不安で押しつぶされそうだったりして…
壮絶な努力をしてきた自信と部下から慕われるカリスマ性を誇りながらも、その立場を維持するために自分にハッパをかけている…としたら、どれだけ力と地位と手に入れても心配が尽きないところが、とても人間くさいような…ディアボロのそんなところに、私たちはなんだかちょっと親しみやすさを覚えてしまうのかもしれません。
2. リアリティのあるディアボロの台詞
次にディアボロの台詞について考察してみます。5部を通してディアボロは「結果」が大事だよ~との台詞を散々言っていました。
荒木飛呂彦(1997年)『ジョジョの奇妙な冒険』54巻 集英社(56頁)
一方でジョルノたちは「過程」大事だよ~と、結果がどうなろうがディアボロに勇気を持って立ち向かっていく訳です。その姿勢は、まさに黄金の精神を体現していました。そりゃ~すごいよ!
でもさ~…
社会人やってて過程で褒められたことある????
結果的に失敗しても「でもチャレンジしたもんね!すごい!」と言ってもらえることって、なかなかレアなのでは…結果で評価されることなんかたくさんあるし、過程で汚いことをしていても、結果が素晴らしければ褒められること…あるでしょ…?
ジョルノたちの台詞が理想的なのに対し、ディアボロの台詞は、社会の生々しさを表しているような気がします。特に結果が求めらがちな現代社会だからこそ、ディアボロの台詞には共感するところがあるのかもしれません。
思わず納得!?なディアボロの台詞
さて心配性なディアボロですが、その性格だからこそ頂点でいられたことも確かです。ある意味デキる男な一面もある訳ですが、そんなディアボロの主張はやっぱり一理あるな~と思えるようなものも…
例えばザ・リスクヘッジなこの台詞。
荒木飛呂彦(1998年)『ジョジョの奇妙な冒険』56巻 集英社(60頁)
おっしゃる通りでござる。ヒジョーに分かるよ…ひしひしとな…
ディアボロの場合、これが娘殺しの動機になってしまっているのでちょっとアレなのですが、リスクは先回りして潰しておこう!というのは納得できるところ。心配性と聞くとネガティブに聞こえますが、ディアボロの場合は自分の性格を危機管理能力に昇華させたとも言えます。えらいねェ~~~~!!!
他にも「人の成長は未熟な過去に打ち勝つこと」だの、アンタ主人公か?と言いたくなる名言すらあるディアボロ。これだっておっしゃる通りでござるな訳で、思わず頷いてしまう台詞があるからこそ、悪役であってもシンパシーを感じるのかもしれません。
3. ディアボロはHSS型HSP!?
最後にディアボロの性格や気質について、現代の研究に当てはめながら考察していきます。近年、HSPやHSSといった言葉が使われ始めるようになりました。先天的な性質のことを指し、HSPは「繊細さん」なんて言い方がされることもあります。
で、このHSPやHSSの特徴がディアボロも当てはまるんじゃ…と考えられるシーンがチラホラありました。その場面を振り返りつつ、ディアボロの性質について見ていきます。
ディアボロが心配性なのはHSPだから?
まずディアボロとHSPについてです。裏切りや暗殺が心配なあまり、周囲から身を隠しているディアボロ。ボスという立場なのにちょっとやり過ぎでは…?という気もしますが、もしディアボロがHSPであるなら合点がいきます。
まずHSPは、ざっくりと言えばこんな気質です。
HSPの人は、感覚的な刺激に対して無意識的・反射的に対応する脳の部位、「扁桃体」の機能が過剰に働きがちで、HSPではない人と比べて刺激に強く反応し、不安や恐怖を感じやすいことが分かっています。相手の気持ちを察知して行動したり、物事を深く探究できる半面、ささいなことで動揺したり、ストレスをためてしまうこともあります。
つまり感受性が高すぎたり、不安に陥りやすいよ~という気質のこと。ディアボロの異常なまでの慎重さも、恐怖や不安を感じやすいからこその行動と考えれば合点がいきます。
またHSPにはこんな特性があるそうです。
・生活に変化があると混乱する
・豊かな想像力を持ち、空想に耽りやすい
・短期間にたくさんのことをしなければならない時、混乱してしまう
・一度にたくさんのことを頼まれるのがイヤだ
・動揺するような状況を避けることを、普段の生活で最優先している
・仕事をする時、競争させられたり、観察されていると、緊張し、いつもの実力を発揮できなくなるエレイン・N・アーロン(2008年)『ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。』 ソフトバンク クリエイティブ株式会社(24-26頁より一部抜粋)
ざっと見ただけでもなんかディアボロっぽいな…と言いたくなるものがチラホラ…変化や予想外な出来事、競争などは特に苦手ということですね~!
そして気になるのは「短期間にたくさんのことをしなければならない時、混乱してしまう」「一度にたくさんのことを頼まれるのがイヤだ」の2つ。複数のタスクを前にするとパニックになる訳ですが、これがもろに発揮されたのが、ブチャラティとコロッセオに向かうシーンです。
2人で道を横断中にミスタの姿を発見し、見つかってしまうのではないかと焦るドッピオ。そこにボスからの電話がかかってきたところ…
荒木飛呂彦(1997年)『ジョジョの奇妙な冒険』61巻 集英社(120頁)
ブチ切れ。ボス相手なのにプンスカプンスカ!
でもHSPだとしたら、一度にたくさんのことを処理するのは得意じゃないんだもんね…しょうがないよね…
そして注目したいのが目の描写。姿はドッピオですが、ディアボロの目が現れています。つまりディアボロの人格になりかかっている時に、パニックでブチ切れでいるのです。やっぱりドッピオはまだしも、ディアボロ側の人格はHSPなのかもな~…
でもHSPだったら、ギャングのボスになろうと思わないのでは…?だって予想外の出来事も競争もたくさんあるでしょ…?ということで、次にHSS型HSPについて見ていきます。
スタンド使いって色々な精神の人がいるよね…
HSS型HSPとディアボロの共通点
HSPの中にも色々なタイプがあります。大きく4つに分けられるのですが、HSS型HSPはそのひとつのこと。こんな特徴があります。
HSS型HSPは、変化に富み、新奇で複雑かつ激しい感覚刺激を求め、その経験を得るためにはリスクをいとわない気質を持ち合わせているHSPのことです。
人口の6%が該当する「HSS型HSP」に特化して情報を発信 5月・6月は“季節性の心の不調「五月病」”の乗り越え方も公開(@Press)
ディ、ディアボロだ~~~~~!!!
人よりも不安を感じやすいのに、どこかで刺激のあることを求めたがる…それは心配性なのにギャングのボスを務めているディアボロにドンピシャなのです。
大胆さと慎重さが併存しているHSS型HSPですが、もしディアボロがそうであるなら、ポルナレフとの再戦のシーンでもHSSの部分が出ているようにも見えてきます。
荒木飛呂彦(1997年)『ジョジョの奇妙な冒険』61巻 集英社(167頁)
いつもの慎重さどこ行った。迷子やないかい!
慎重なだけの気質だったら、こんなこと言わない気がするんですよね~ディアボロのことだから、何かは知らんけど自分の能力で対処できるだろうという自信と、「食らえっ」と言える思い切りの良さがあるからこその台詞だと思います。
で、ディアボロ大胆だな~!大丈夫かな~と思って、次のページめくるとこれ。
荒木飛呂彦(1997年)『ジョジョの奇妙な冒険』61巻 集英社(169頁)
焦るんかい!!!ほら、言わんこっちゃない…
でもね、これだってHSPの性質を考慮すると、予想外のことには弱いんだもんね…と妙に納得がいく訳です。だから無計画に事を進めているように見えるこのシーンですが、実はディアボロの気質とスタンド能力への自信が表れているんじゃないかな~…
そんな訳でディアボロの慎重さの中に大胆さが見えるのは、HSS型HSPらしい性質だからなのかもしれません。
実は繊細かもしれないギアッチョの話。
ディアボロも運命に立ち向かっていた?
HSS型HSPが疑われることが判明したところで、ディアボロの運命との向き合い方について考えてみます。この記事でちょっと触れましたが、5部のテーマは「逃れられない運命や困難に立ち向かうこと」でした。
そしてHSPは先天的な性質で、なりたくてなるものではありません。もしディアボロが本当にHSPなのであれば、その行動の良し悪しはさておき、彼なりに持って生まれた運命に立ち向かっていた結果なのかもしれません。
ましてやこのHSS型HSPは、人口の約6%の人間に当てはまる性質なのだとか。人間の8割は非HSPだそうなので、正体を隠していたことや、自分を「帝王」と言い続けたことは、心配性でもボスを務めあげられるよう、ディアボロなりに工夫して身に着けた仕事術だったとも言えそうです。割合的に世の中は非HSP寄りに出来ているはず…と考えると、いわゆる「普通」のボスの務め方だと、精神的にキツイのかもな…
娘を殺そうとしたりと色々やらかしてきたディアボロですが、好きで心配性だった訳じゃないんだな~色々苦労していたのかな~…と思うと、やっぱりどこか憎み切れないし、同情してしまう悪役なのでした。
まとめ:ディアボロに共感するのは現代にも通じる悩みやリアリティがあるから
ディアボロに共感できる理由について考えてみました。
許されない悪事を働いてきたディアボロですが、心配性な一面や結果主義、孤独な姿を見ると、他人事と思えない一面があるのではないでしょうか。そしてどこかで共感するからこそ、あの死に方が余計にかわいそうに見えてくるのかもしれません…
繊細さを持ちながらも、強力なスタンドで相手を圧倒してきたディアボロ。
でも本当はポコロコみたいなスタンドが発現した方が、幸せになれたりして…
5部の記事はこちらもどうぞ~!